花ある風景(58)
並木 徹
前進座が創立70周年のイベントとしてはじめて、藤沢 周平の「臍曲がり新左」を取り上げた(国立劇場、5月5日−16日)。藤沢作品の上演企画は以前からあったそうで、藤沢さんが生存中はついに日の目をみなかった。
藤沢さんは時代小説に一境地を開き、その作品の読者層は幅広い。1997年1月、69歳でなくなった。それから4年目の演劇化である。
芝居の筋書きは、幾多の戦陣をかいくぐった臍曲がりの主人公(中村 梅之助)と軽薄で頼りがいのなさそうにみえる若侍(嵐 広也)の間にいつしか信頼関係が生まれ、藩政を専断する側用人を切り捨て腐敗を退治するというもの。
新左の頑固さと潔癖さには爽快さを感じる。現代人にはないものである。今の大人は物分りがよく、おとなしく、すぐに妥協しケンカをしない。若者はよく軟弱だと批判されるが、若者にも時代に合ったセンスとしたたかさをそれなりにもっていることを暗示しているように見える。
演出の鈴木 竜男さんは「21世紀に入り、歴史のある若い劇団、前進座が数多くある藤沢作品の中から真っ先にこれを取り上げる意味がここにある」と指摘する。
芝居は五場まである。第四場の「篠井右京邸八重桜下」が圧巻。御用商人の大盤振る舞いで宴たけなわの篠井右京(山崎 竜之介)のもとへ新左は一人で乗り込む。「お命頂く」と篠井を一瞬の据え物斬り。抜刀して立ちはだかる巨漢の用心棒、矢津留隼人(松浦 豊和)とつばぜり合いをしたあと、横に逃げた用心棒に新左の手もとから光芒が走る。
原作によれば、「いまのは石切りと申す太刀でな。久しぶり遣った」とある。
梅之助の見事な所作事に観客から思わず拍手がおきる。
作家の向井 敏さんは藤沢さんの主人公を「生活者型」と命名した。その主人公は日ごろ私達の周囲にごろごろしているような人たちである。大衆演劇を目指し、常に大衆の視点を忘れない前進座に似つかわしい作品といえる。今後、藤沢作品の演劇化を期待したい。 |