2000年(平成12年)4月10日号

No.104

銀座一丁目新聞

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茶説

「あしたの陽の出はきっとある」

牧念人 悠々

 知人の鳥海 昭子さんの歌が朝日新聞の一面「折々のうた」に紹介されていた(4月1日付)。

ばんざいの姿で蛇に銜えられ春らんまんの蛙いっぴき

 この人の感性は鋭い。児童養護施設の職員として26年間,家庭的に恵まれない子供たちを相手にしてきた。人一倍,相手の気持ちを推し量り共に泣き,共に笑い,共に怒って仕事をするうちに、その感性はしっかりとはぐくまれた。大病も経験した。5人も子供のいる男性と結婚,子供をひとり産み育てた。

 冒頭の歌は一見残酷にみえるが,自然のいとなみを「春らんまん」と表現、その風景をやわらかく包み込んだのは絶妙である。多くの人がこのような場面をみてまず歌はでてこない。

この人は変わっている。父親は「昭子はフンガイコジ」といっている。

謹んで申し上げます 矢萩草は弓矢のかたちに千切れます

 かって都庁から福祉施設20年も働いているというので表彰されたことがある。この時の彼女の対応が面白い。彼女はいう。「表彰式の時表彰する方のお役人さまが高い壇上に並ぶ。胸に大きな造花をつけて、表彰される人は壇の下の方に小さい花を並んでいる。これはおかしい・・・

 薄給の上に勤務時間オーバ-など思いもせずによく働いて,労働基準監督署の調査にはうまいこと帳尻会わせた書類作りにもご協力いただいてありがとう,お疲れ様,誠に些少、お粗末ながらこの品物と立派な感謝状を差し上げますので,今後とも、よろしくってことでしょ」

この際,彼女が都庁に提出した作文が泣かせる。

通園カバンの紐が切れた女の子がカバンを小脇にかかえているので、「繕ってすぐ届けるから先生にそういっておいて」私は不器用だけれど、頑丈にすることはできるし,早いも得意のひとつ。すぐ繕って持っていくと、その少女はまんまるの目でまじまじと私を見上げていった。

「おばさん かみさま・・」

その後,少女は就職,結婚,出産,いま二人の男の子の母親を上手にやっている。そこに,私で役に立つことがあり、そこに私を必要とする子供たちがいた。この職場で20数年働きつずけられた原点はもしかしたら,この少女のあどけない一言だったのでございましょうか(彼女の著書「あしたの陽の出」藍書房定価1800円より)。

 働く人々を侮ってはいけない。矢萩草のごとくしなやかに、たくましく、生きている。劣悪な環境のもとでもちゃんと仕事をしている。お役人への痛烈な皮肉の歌である。

書くことは考えることいきること明日の陽の出は六時八分

「あしたの陽の出」きっとある。

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