1999年(平成11年)4月1日

No.70

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“針の穴から世界をのぞく(16)”

 ユージン・リッジウッド

世界の人口60億

 [ニューヨーク発]あと半年で世界の人口はいよいよ60億の大台に達する。50億があったのだから、人口が増え続けている限りいつか60億がやってくるのは誰にでも予測出来ることである。しかし40億から50億へと10億増えるのに30年かかったのが、50億から60億へ増えるのにわずか12年しかかかっていないことを知ると、世界の人口増加はただならぬ時を迎えていることが分かる。50億を記録したのは1987年7月10日、そして60億を記録するのが今年10月12日。増加率から推定した60億到達予定日である。

 世界の人口が10億増えるのに30年から12年に減ったという割合でいくと、次の10億増えるのに約3分の1の4年、そしてさらに次の10億増えるのにわずか1年余り? 幸いにもそこまで簡単な話しではない。まず第一にそんな予測が成り立つとしたら、人類社会はとっくにパニック状態に陥っている。しかしそんな予測が成り立たず、世界がパニックに陥らずにすんでいるのは、歴史上初めて人口増加という静かに進行している自らの大問題に気づいて、人類社会は対策を講じているからだ。最も人口が“爆発的”に増えていた開発途上国で本格的な対策が取られ出したのはこの10年ぐらいの話しである。それでも問題に取り組めば目に見える成果を上げることが出来る。

 具体的に言えば、30年前開発途上国のほとんどで一人の女性が生む子供の数は6人以上だった。それが現在では3人以下になっている。ということはこと子供の数で見る限り、半分以下だ。ところが出産可能年齢期の女性の数が既に爆発的に増えてしまった後だから、12年間で10億という驚異的な増加となった。幸い現在の増加率は90年台始めの年間9500万人から急激にスローダウンして、8千万人弱と見られているが、それでも10年たてばさらに10億の人口が増える計算になる。

 世界人口の増え方は、これまで世界ではまだ一隻も造られたことのない1千万トン・タンカーの想像を絶する動きに比することが出来る。少々のことではブレーキ制御が利かず、惰性だけでどこまで走るか分からない。分かっているのは、世界の人口はまだ数十年は確実に増え続けるということである。2050年頃にはどうにか増加が止まるだろうと人口学者は悲壮な願いを込めて予測するが、それにはあくまで難しい前提条件がつく。つまりもし世界、特に開発途上のアジア・アフリカ諸国が人口増加率を抑制するためのあらゆる手段を尽くし、それが成功したらという条件である。この条件が満たされたとき、世界の人口は90億に届くかどうかで静止するだろう。もしこの条件が満たされなければ、世界の人口は112億ぐらいで静止するか、さもなければ食糧が絶対的に不足して、いつか人口の増加分が自然淘汰されてバランスを保つという野生生物社会が経験している最悪のシナリオとなる。

 もちろんそのような状態になるまでに、食糧やその他の資源を分捕り合う凄惨な事態が起き、自然淘汰の前に人為的な人類破滅の道を歩み始めることも大いにあり得る。小惑星が地球に衝突して人類が破滅する確率などと比べると、人口増加が人類を破滅へ導く可能性の方がはるかに高い。それも気の遠くなるような未来の話しではなく、せいぜい2、3世代後の話しである。少子化という世界全体から見れば局地現象が大問題となっている国には、人類破滅のシナリオは取れないだろう。

 現在世界には読み書き出来ない人が9億6千万人いる。日本の総人口のほぼ7倍。そのうちの3分の2は女性である。学校に行けない子供の数は1億3千万に上るが、人口増加と共に、未就学児童数も増え続けている。識字能力がないということは、生活維持能力が低く、保健知識に乏しく、自分の家族の適正数の判断能力にも欠けることになる。つまりこの人たちが現在世界の人口増加の大きな部分を担っている。この人たちへの支援こそ将来の人類社会存続のカギだという認識は決して十分ではない。

 現在世界の60歳以上の人は5億8千万人。60歳以上の人は毎年千百万人のペースで増えている。子供の数と高齢者の数の増え方は驚異的だ。医学の進歩、保健に対する意識の向上で高齢者と乳幼児の死亡率が急速に低下している。本来歓迎されるべき事態が人口問題を深刻にする。

 先進国の総人口は11億2千万、増加率は年0.3%だが、やがてゼロになる。一方途上国の人口は46億で、毎年1.6%の割合で増え続けている。今後30年間の世界の人口増加分の98%は開発途上国が占める。

 国連は人口増加の深刻さを見詰め、対策を考える国連人口開発会議を5年前カイロで開き、人口増加を抑制する上で重要な柱となる性と生殖に関する権利と健康の確保、識字率の向上、女性の判断能力の向上などのための20年間の行動計画を作った。これまでの5年間の行動の成果を見直す会議が今年6月末ニューヨークの国連本部で開かれる。カイロ会議では人口対策に必要な年間費用は2000年時点で170億ドル(約2兆円)と見積もられ、うち3分の2は途上国自身が自前でまかない、残る3分の1の約57億ドルは先進国社会が協力することで合意された。現実は途上国がほぼ80%の目標を達成したのに対し、国際社会の協力達成率は20%そこそこである。先に述べた悲願を込めた前提条件が満たされていない。

 危険なペースの人口増加は続く。人類破滅の危機も確実に接近し続けている。

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