2013年(平成25年)4月20日号

No.571

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安全地帯(391)

信濃 太郎


毎朝、50回の木刀の素振り

 いつ頃からか毎朝、木刀の素振りを50回やっている。前は100回しても平気であった。今はできない。息がはずみ、腕が上がらない。昨今は日にちを間違えたり曜日が分からなくなったりボケが進んできた。素振りをしながら『眼、足,胆、力』と唱える。柳生新陰流の極意であると教わった。時には大声を発する。黙ってすごすことが多いからだ。柳生新陰流の極意は人生の極意である。

 「眼」―着眼である。目の付け所。視点といってもよい。ものを書く場合、視点が定まればすぐに書き出せる。2月26日、右目の白内障の手術をしてからすべてがきれいに見えるようになった。とりわけ女性がそうである。庭のツツジの赤い花もチューリップの白、黄、赤の花も見事だ。

 「合掌のかたちの赤いチューリップ今日の私をやさしくします」(鳥海昭子)。私は怒る。ボストンマラソン大会のゴール付近でテロ。多数の死傷者を出す。無差別に多数の市民を犠牲にするテロほど卑劣な犯罪はないと怒りが込み上げてくる。視野は広く世界にも目配りを・・・「テレビの未来と可能性―関西からの発信―(高橋信三記念放送振興基金)に石田英司毎日放送チーフプロデューサーがこんな発言をしている。「最近、自分たちの半径5メートル以内のことで放送が成立すると思っているらしいことが目につくことが多くなって…」と視野を広げることを訴えている。昨今のテレビが面白くない理由である。

 「足」−どっしりと大地に足を着ける。足の運びが大事である。昨今はなぜかよくふらつく。「杖が良いですよ」と進める人もいる。かかとから土を踏むのを心がけている。できるだけ歩くようにしている。歩くと脳の働きが活発となる。ボケは歩かなくなると出てくる。原稿が書けなくなると散歩する。

 来日中のミャンマーのアウンサンスーチさん(67)毎日新聞を訪問(16日)。毎日新聞がスーチさんの「ビルマからの手紙」を90回にわたり連載中である。そのお礼の訪問である。これは記者たちの足が地についた地道な仕事である。独立運動を指揮した父アウンサン将軍を支援した鈴木啓司大佐の故郷浜松にも訪問したかったが時間がないということである。

 鈴木大佐は陸士の30期(のち少将)。大東亜戦争開戦時南機関長としてビルマ独立義勇軍を指揮してビルマに進攻しビルマ独立の基礎を作った。ビルマ国軍の生みの親である。

 「胆」−思い切りの良さである。男は度胸という。「なさざると遅疑逡巡するは指揮官の最も戒むるところなり」と昔、教わった。時々深呼吸をして、丹田に力を入れる。
「力」−いらぬところの力を抜けというわけである。肩に力の入るのは特によくない。このところ集中力がなくなった。本が長く読めない。特に固い本は読了に時間がかかる。これまで会合にはこまめに出席していた。「老いては義理をかけ」といわれている。義務感はなくそう。よく夢の中に死んだ友人がでてくる。夢はすぐ忘れてしまう。この間は「君子豹変す」がよい言葉か悪い言葉かでむきになって論争した。この言葉は「易経」に出てくる。前後の言葉は「大人虎変 夫占有夫孚 君子豹変 小人革面」である。「美しく変わるのが虎変であり、豹変である」だからよい言葉である。それがいつの間にか変節漢に使われるようになった。明らかに誤用である。

 「豹変 よいではないか 春の夢」(悠々)

 なにもむきになる必要はなかった。夢の中でも力を入れるのだから、昨今肩がこるのも無理はない。