2013年(平成25年)2月10日号

No.564

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花ある風景(482)

 

並木 徹

 

「大衆が興奮したとき、その興奮をとらえよ」
 

 新聞を若者が読まなくなった。ネットに押されてアメリカでは廃業する新聞も出ている。新聞の危機が伝えられて久しい。スポーツニッポン新聞は2月1日、創刊65周年を迎えた。当日「創刊65周年記念キックオフの会」がOB91名を招いて開かれた(東京八重洲富士屋ホテル)。

 スポニチの森戸幸生社長は年頭の挨拶の中で「2020年の五輪の東京開催が決まれば49年前とは全く違った形ではあるでしょうが日本が大きく変化すことと思います。スポニチの将来像を描くにも東京五輪開催の決定を願っているところです」と述べた。私も日本記者クラブ・恒例の「2013年予想アンケート」の設問の一つ「2020年夏季五輪の開催地が東京に (決まる)(決まらない)」に「決まる」と答えた。アメリカの新聞王、ウイリアム・ランドルフ・ハーストは「大衆が興奮したとき、その興奮をとらえよ」「いかなる高価な代価を払うとも、大衆をとらえよ」といった。新聞事業にとって「五輪」はその存在価値を示すチャンスである。ロンドン五輪のメダリストたちによる「銀座パレード」に50万人のが集まったのを見てもわかる。

 ところがスポニチは元日から五輪のキャンペーンを一向に展開していない。いくらでも企画が立つではないか。猪瀬都知事をはじめ関係者との対談、署名原稿、座談会、街の声、長期連載ものなど考えればすぐできる。事業も広告も五輪で企画が立ち増収が図れる。開催地が決まる今年の9月7日までが勝負である。

 そこに五輪柔道女子選手たちの監督の暴行・パワハラ問題が起き、さらにその対応のまずさから全柔連の再編までに発展する。さらに「五輪に復興を付ける罪」ともっともらしい記事が出る。原発周辺の被災者の声を聴け、東京五輪どころではないというのである。その声は東京五輪に向けられるべきものではなく政府に向けられるべきものである。論点のすり替えである。責められるのは政府の復興のスピード感のなさである。むしろ「東京五輪」が決まることによって復興はさらに加速される。来日する外国の選手たちが一番心配するのが放射能汚染であるからだ。

 最後に近代オリンッピクを復興したフランスのピエール・ド・クーペルタン男爵の言葉を引用する。「人生で一番大切なことは、勝つことではなくて、正々堂々と奮闘することである。人成功したか、失敗したかを決めるのは、その人が努力したか努力しなかったかということにある」たとへ東京五輪が決まらなくても新聞読者にクーペルタン男爵の五輪精神を伝えるだけでも意味があろう。