1998年(平成10年)10月1日(旬刊)

No.53

銀座一丁目新聞

 

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映画紹介

第11回国際女性映画週間上映作品(3)

マザー・アローン

大竹 洋子

監 督 スミトラ・ピーリス
脚 本 トーニ・ラナシンハ
撮 影 K・A・ダルマセーナ
音 楽 ニマル・メンディス
出 演 サンギータ・ウィーララトゥナ、トーニ・ラナシンハ、
スリヤーニ・アマラセーナほか
配 給 パイオニアL・D・C

フィルム提供 アジアフォーカス・福岡映画祭’98
1997年/スリランカ映画/カラー/129分

 スミトラ・ピリースさんは、スリランカ初の女性監督である。巨匠と呼ばれる夫のレスター・ジェームス・ピーリス監督と共に、現代スリランカ映画界のリーダーとして活動をつづけている。フランスとイギリスで学び、はじめは編集者だったが、1978年に「少女たち」で監督デビューした。以来「川のほとり」(80)、「長女」(93)など海外でも高い評価を受けた作品を次々に発表し、この「マザー・アローン」が9作目にあたる。

 ピーリスさんは現在、駐仏スリランカ大使を務めている。スリランカは現大統領が女性、首相も女性、首相は大統領の実の母にあたる。そういう社会状況の中で民間登用されて大使になったピーリスさんは、「マザー・アローン」の撮影を終えてフランスに赴任し、休暇で帰国した際に仕上げをしたのだという。

 まだ英国統治下にあったスリランカの首都コロンボ。裕福な家の一人娘18歳のトゥシャリは、父が勧める結婚相手を愛することができず、別の男とつきあっていたが、トゥシャリが妊娠したと知って男は逃げてしまった。父の同業者の金持ちの息子だった。その頃、父は事業に失敗し倒産の日が目の前にきていた。世間体もあるし、家を失うところを身重の娘にみせたくないという配慮もあって、両親はトゥシャリを親戚に預けることにした。

 最初は母の妹、ソーマー叔母の家だったが、ソーマーの浮気が夫に知られるところとなり、トゥシャリはこの家を去る。次に預けられた父の妹、田舎町に住むスンダ叔母には、同じ年頃の娘が二人いて、トゥシャリにようやく楽しい日々が訪れた。しかし姉娘クスミの婚約者がトゥシャリを見染めたことから、クスミは自殺をはかる。こうしてトゥシャリは結局、父母のもとに戻った。

 植民地スタイルの美しい家はすでに人手に渡り、両親は父の郷里の農村に住んでいた。だが、トゥシャリの出産が近づいたある日、父は心臓発作で急死する。ほどなく子どもを生んだトゥシャリは、以前の結婚相手が待っているという母の話を退け、一人で子どもを育ててゆこうと決心する。

 9月11日から始まったアジアフォーカス・福岡映画祭’98にゲスト参加したスミトラ・ピーリスさんは、鮮やかなブルーのサリーを身につけた50代後半の恰幅のよい女性だった。原作の小説は1970〜80年頃の物語だが、あえて植民地時代に設定を変えたその訳を私は知りたいと思った。選択肢をもてない時代に、自立して生きてゆく女性を描きたかったからだとピーリスさんは答えた。現代のスリランカの女性は、かなりの自由を手に入れているということなのだろうか。

 しかし選択肢がある時代においても、、女性が一人で母となって生きてゆくのは生半ではないだろう。むしろ、豊かな恵まれた生活の中で、生きるという意味にすら実感のなかった若い女性が、恋をし子どもを身ごもってぶつかった人生の壁、避けることのできない運命に直面したトゥシャリに、ピーリスさんが同性として贈った応援歌なのだろうと私は思う。生まれた幼な子が男児だったのか女児だったのか、画面では定かではないが、「きっと女の子だったでしょう」と、ピーリスさんは笑顔をみせた。

 欧米諸国の女性監督たちが描く幅広いテーマや、はげしい女性像を考えるとき、ピーリスさんのこの作品は少しのんびりしているような気もする。だが、ピーリスさんと話していると、この国の女性のパイオニアとしての彼女の悩みや、かかえる矛盾、植民地時代の美しい風景やいまだ封建制の残る社会もふくめて、祖国スリランカの人々を愛するピーリスさんの知性と誠実な人柄が伝わってくる。「マザー・アローン」が、女性が映画をつくる原点に立つものであることを確認し、よい作品が選べて本当によかったと思ったのである。

11月2日(月)、3:30からシネセゾン渋谷(03-3770-1721)で上映。

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