1998年(平成10年)9月1日(旬刊)

No.50

銀座一丁目新聞

 

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映画紹介

「シャドラック」

大竹 洋子

監 督 スザンナ・スタイロン
脚 本 スザンナ・スタイロン、ブリジット・テリー
製 作 ブリジット・テリーほか
出 演 ハーヴェイ・カイテル、アンディー・マクダウェル、
ジョン・ソイヤーほか

1998年/アメリカ映画/カラー/90分

 

 青山のスパイラルホールで開催中の、ロスアンジェルス・インデペンデント・フィルム・フェスティバル1998で「シャドラック」をみた。女性監督スザンナ・スタイロンのデビュー作である。

 スザンナの父はウィリアム・スタイロン。『ソフィーの選択』の著者で、20世紀アメリカ文学を代表する作家である。スザンナは少女の頃から映画監督を志していた。1976年に発表された父ウィリアムの短編小説を読んだスザンナは、いつかきっとこれを映画にするから、私にこの著作権をと、父に申し出たという。10歳の少女の夢はそれからほぼ20年後にこのように素晴らしい形で叶えられ、同時に優秀な映画監督の誕生につながったのである。

 1935年、不況の真只中のアメリカ。バージニア州東部にあるダブニー家に、非常に年老いた見知らぬ黒人がたどり着いた。名前はシャドラック、99歳である。シャドラックは、ダブニー氏の曽祖父の代に、一家が所有している農場の奴隷の子として生まれた。15歳で農場からよその土地へ売られていったが、やがて奴隷制度が廃止になり、結婚して沢山の子どもも生まれた。しかし死が近づいたことを知ったシャドラックは、生まれた土地に埋めてもらいたいと、1000キロの道程を歩いてきたというのである。

 大きな農場ではあったが今は収入の道も断たれ、ダブニー氏は密造酒をひそかに売って、わずかな金を得ている。生活は貧しく、家も、大勢いる子どもも汚れ放題である。しかし、短気で罵詈雑言を吐きつづけるダブニー氏も、朝からビールを飲む妻も、共に人がよく温かい心の持主なのだ。多少閉口しながらも、二人はシャドラックの願いをきき入れることにした。子どもたちも賛成である。彼らはオンボロ車で、かなり離れた農場へと移動する。

 映画は、その夏をダブニー家で過ごすことになった近所の少年が、長じてその頃を回想する、という形で描かれる。少年は10歳で、この家の末っ子と仲がよい。池がみたいという老人を、一家の人々が荷車のようなものに乗せてゆくシーンがよかった。大きな木が枝をひろげる緑の道を、一行が一列になって通りすぎてゆく。“シャドラックはゆったりして、まるでアフリカの王さまのようだった”とナレーションが入る。

 なるようになった物語である。私有地に埋葬することは罷り成らぬ、という州の法律にダブニー氏は困惑する。保安官が話をききつけてやってきたのだ。ダブニー氏には葬儀屋に支払う金がない。しかし保安官の言をいれて、黒人専門の葬儀屋に埋葬を依頼する。実際、それからすぐにシャドラックはひっそりと死に、指定された墓地に埋葬された。だが、それはもちろん見せかけだった。夜陰にまぎれて、一家はシャドラックを農場一隅の土に、無事返したのである。

 実によいタイミングで、黒人霊歌や讃美歌が流れる。そして監督が女性だということが、この作品を心地よいものにしていることも確かである。シャドラックを農場に移す途中、彼は車の中で粗相をしてしまう。あまりのひどい匂いに、一同が車からとびおりるところがおかしい。やっとみつけたトイレは白人専用だった。まだそういう時代だったのである。ダブニー氏の妻は、心配しないでとシャドラックをいたわり、屋外で彼の汚れた体をふく。彼女はバストショットで撮られ、シャドラックの裸の部分がみえることはない。

 女性監督が、少年の視点でとった作品である。私たちが子どもの頃を思い返すとき、父や母のことはなんとなく判っていても、具体的にどのように生活が行われていたかを意識したことがない。関心はつねに他にあった。すぐに戸外で友だちと遊ぶことに気持ちが移っていった。しかし、思い出は鮮明に残っている。「シャドラック」はそのような方法でつくられた映画であった。

 ハーヴェイ・カイテル、アンディー・マクダウェルの二人のスターが両親を演じる。ナレーターはマーティン・シーンが務めている。新人や女性の作品、低予算映画に手をさしのべてきたスターたちである。公民権運動の活動家でもある。こういう人々に支えられて完成した心を打つ良質の映画に、近頃あまり評判のよくないアメリカの、民主主義本来の姿をみる思いがする。

公開未定。問い合わせはファブ・フィルムス(03−5722−6871)へ。

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