1998年(平成10年)8月20日(旬刊)

No.49

銀座一丁目新聞

 

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小さな個人美術館の旅(45)

荒井記念美術館

星 瑠璃子(エッセイスト)

 積丹半島の西の付根、岩内へ来たのは今度が初めてだ。

 奇岩絶壁で有名なこの半鳥の岬の突端には、前に一度来たことがあった。そこの海をどうしても描いてみたいという絵かきの母と千歳空港でレンタカーを借り、小樽、余市を経て半島の東側の海ぞいの道を延々と走った。ここが行き止まりかといった感じで辿り着いたのは昼なお暗い切り立った崖下で、そこから先は車では行けない。来る道もそうだったが、あたりには人っこ一人見えず、夏というのに冷たい風が吹く。どーん、どーんと響く波音もおどろおどろしく、突端までのごろた石の道を波しぶきを浴びて歩く勇気がなくて引き返した記憶があった。あれが神威(かむい)岬だったのだろうか。前の晩はそこまでは行けずに小さな漁港古平(ふるびら)の民宿に泊まったのだが、翌朝奇妙な音で目覚めて外へ出ると、道の両側に数えきれないほどのカラスがずらりと並んで意地悪そうな目付きでこちらをじろじろ見ている。不思議な物音は、スレートぶきの屋根の上を歩くカラスの足音だったのだ。

 そんな昔のことを思い出しながら来たので、岩内は予想とは印象がずいぶん違った。札幌から内陸部を直行バスで二時間半。滴るような木々の緑のなかを通り抜けて着いた町は考えていたよりずっと大きく、白い雲を浮かべて青々と広がる日本海に面した美しい港町である。背後はゆるやかなスロープで町からすぐ登ってゆく岩内山と、そのまた後ろに折り重なって連なる岩内連峰。町の西はニセコアンヌプリ火山帯に出た川筋が横切り、雷電海岸は削いだような岩の斜面がまっすぐに海へ落下している。かつてはニシン漁やスケトウダラの漁場として賑わった港は広々と開けて、そこここに大型漁船が停泊しているのは北海道ばかりでなく内地からも遥々やってくるイカ釣り漁船という。

 「大きな船はよその船。ちいさな船が岩内の船」

 と木田金次郎美術館の館長が笑っていた。

 人口一万八千。北海道では二万人を越えれば大都市なのだそうで、ここ岩内町には立派な美術館が二つもあるのだった。一つは、さっき訪ねた木田金次郎美術館、もうひとつがここ荒井記念美術館である。

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荒井記念美術館

 木田金次郎は岩内に生まれ、漁師をしながら岩内で描き岩内で死んだ、知る人ぞ知る不生出の洋画家。有島武郎の小説「生れ出づる悩み」のモデルとしても知られる人だが、私費を投じて荒井美術館をつくった荒井利三氏は、はじめ木田金次郎の作品や生き方に打たれて木田の作品による美術館建設を思いたったのだという。

 東京で出版卸売業を営む実業家荒井氏は、有島武郎の愛読者でもあった。町の人々の働きかけで岩内町が木田金次郎美術館を建てることが決まると当初の計画を変更、「生れ出づる悩み」を主題とする絵画を北海道出身の十二人の画家に依頼、同時にピカソの版画百八十八点を購入して荒井記念美術館を開館したのは1989年(平成元)のことだ。現在ピカソは「貧しい食事」から「エロチカ」まで二六七点を所蔵し、テーマ別に年三回の展示替えをしながら常設展示をする一方、委嘱作品の完成を待って二年遅れてお披露目をした「生れ出づる悩み」の方は、その後さらに画家十四人、彫刻作品十点も加えて、北海道の第一線の画家・彫刻家の、一つのテーマによる競作ともいえるユニークな展観を行っている。

 バックミラーに海を映しながら車が舗装された山道を登ってゆくと、山の中腹に荒井記念美術館が忽然と姿を現した。こんなところにこんな? とびっくりするような堂々たる「美の殿堂」である。建物はピカソを展示する一号館と「生れ出づる悩み」などの二号館の二棟から成っていた。山の斜面を利用してつくられた建物は、一号館の一階と二号館の二階が渡り廊下で繋がれているのだが、そこへ立って驚いた。その景観の素晴らしさを一体どう表現したらいいだろう。有島武郎が「ビロウドのような」と言った、つややかな緑色の斜面の下に岩内の町が広がり、その向こうは夕日に輝いて果てしなく広がる日本海の海原だ。積丹半島が青灰色にうっすらと霞んでいるのも見える。日本に美術館多しといえども、こんな景観をほしいままにしている美術館はそうはないだろう。絵を見るのも忘れて、私はしばらく茫然とそこに立っていた。

 ピカソの版画については、いまさら私が言うこともあるまい。銅版画、リトグラフ、リノカットなど、生涯の全版画作品二千点余の中からの二百六十七点というのはすごいことなのだろう。そこからの五、六十点の展示はじつに見応えがあった。「生まれ出づる悩み」展や、もうひとつある西村計雄(岩内郡小沢村出身の画家)の常設展を堪能して、同じ敷地内(一万坪という!)にあるホテルに入った。そこがその晩の私の宿だった。

 美術館にくらべれば、こちらはむしろ簡素な二階建てである。なだらかな斜面に広がる庭に出ると、すっかり日の沈んだ暗い海にイカ釣り漁船の灯が光っている。近くの灯はキラキラと強い光りを放ち、遠く水平線のあたりはチカチカと小さくまたたいて、市街の明かりも宝石箱をぶちまけたよう。そして、見上げれば満天の星。ひんやりと冷たい山気を浴びながら、気の遠くなるような静寂の中にまたしても私は刻を忘れて立ちつくすのだった。

 その夜はカーテンを開けたまま寝た。多分、もう一度ここに来ることはないだろう。けれど、あの崇高なまでに美しい日没の光景を、夜中に何度も目をさましては眺めた遠い夜の海を、二度と忘れることはないだろうと思いながら。


住 所: 北海道岩内郡岩内町字野束505  TEL 0135‐63‐1111
交 通: 札幌そごうデパート前より岩内行きバスで終点岩内まで2時間半。
岩内バスターミナルからは無料バス(1日2便)又はタクシー15分
休館日: 月曜日

星瑠璃子(ほし・るりこ)

東京生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後,河出書房を経て,学習研究社入社。文芸誌「フェミナ」編集長など文学、美術分野で活躍。93年独立してワークショップR&Rを主宰し執筆活動を始める。旅行作家協会会員。著書に『桜楓の百人』など。

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