2008年(平成20年)2月1日号

No.385

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信濃 太郎

詩と俳句について考える

 軍歌集「雄叫」(雄叫編集員会・昭和35年12月1日発行)「名詩編」に杜甫の「春望」とともに乃木希典の「金州城」の漢詩がある。
山川草木転荒涼(山川草木うたた荒涼)
十里風腥新戦場(十里風なまぐざし新戦場)
征馬不前人不語(征馬すすまず人かたらず)
金州城外立斜陽(金州城外斜陽にたつ)
中学生時代、漢詩の中でこの「金州城」を一番早く覚えたように思う。名文だし、リズムも流れもいいし、覚えやすかった。日本人が作った漢詩を集めて中国の老文人にどの詩がよいか見てもらったところ広瀬淡窓と乃木希典の作品であったというぐらいである。もっとも中国の詩人の作品に「征馬不前」の表現があるから評価しないという学者もいると、どこかで読んだが、その表現が全体の詩に溶け込んでいるか、その詩を生かしているかで判断すべきであろう。元の詩の字句はあまり関係がない。そうこだわる必要もあるまい。むしろ本歌より優れている詩が少なくない。
 児島襄著「日露戦争・第二巻」(文芸春秋)によると、明治27年6月7日、乃木大将は幕僚たちと金州に向かい、南山の戦場を視察した。「山上戦死者墓標に麦酒を献じて飲む」黙然と周囲を観望していた大将は手帳に鉛筆をはしらせた。のちに山河は山川に、夕陽は斜陽に添削されて有名な詩になるとある。
 渡辺淳一著「静寂の声」(角川書店)には「乃木日記を見る限り、子息勝典に対する個人的な感情は一言も記されていない。むろん南山から勝典が戦死した三里店は眼下に見え希典もその場所はわかっていた。のちにそこには『乃木勝典中尉戦士の所』という石碑も建てられた」とある。なお勝典は乃木大将の長男で陸士13期生、歩兵第一連隊の小隊長として金州城攻撃で戦死している。
 8年前に俳句を作りだしてから「詩」についても関心を持つようになった。俳句も5、7.5の短詩である。散文ではない。耳に快よく響かなければだめだ。「まずなによりも耳で聞いて楽しみ、音に感動するもの」(五木寛之著「ステッセルのピアノ」より)良い俳句はこの条件を持つ。まさに読むのではなく耳で聞くべきである。作家こやま峰子さんは戦時中、空襲の際防空壕の中で母親が爆撃の恐怖でおののく妹を抱いて童謡「富士山」(詩・巌谷小波、曲・作者不明)を歌って恐怖心を和らげたという体験を持つ。詩には非常におかれた人の心を和らげるものがある。俳句を作ってから声を出し耳で聞きながら推敲すべきかもしれない。

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