2008年(平成20年)2月1日号

No.385

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
いこいの広場
ファッションプラザ
山と私
銀座展望台(BLOG)
GINZA点描
銀座俳句道場
広告ニュース
バックナンバー

茶説

社長として心得る二十条

牧念人 悠々

  大企業、中小企業を問わず社長の器が小さくなった。社長になるべきでない人が社長になっている感じすらする。昨今の相い重なる企業の不祥事はすべて社長の責任である。不祥事を未然に防止するのも社長の努めである。「俺は知らなかった」ではすまされない。私の経験から云えば「社長のあり方」は社長自身の人柄の表明であるということだ。その人間性がそのまま経営に現れる。
 私が心がけたことは、1、不始末が起きたときは潔く責任を取る。最後は切腹をすればよいと考えた。2、部下の士気を挙げる方法は何かということ。3、仕事には必ず+アルフアを考える。4、問題は毎日起きる。それを適時適切に解決してゆく。5、現場主義をとる。現場には不満、問題点、解決の糸口がある6、ジャーナリストとしての誇りを持てなどであった。
 畏友、勝野高成君(福岡在住)が「社長としての心得る二十条」を送ってきた(1月20日)。勝野君は西日本ビル(福岡市・天神)の建設に関わり1984年代表取締役に就任、同時に関連5社の代表取締役社長を勤め、天神の再開発や多世代交流型シニアタウン建設も手がけた優秀な経営者である。私が毎日新聞西部本社の代表の時(昭和56年から昭和62年)、初めて知り合ったが、いろいろ教えていただいた。その度胸と仕事を始めるさいの非凡な着眼点、広い人脈に感心させられた。
勝野君の挙げる「社長の心得」は次の通りである。
1、常に社員及びその家族のことを思え。2、人格形成に努めよ。3、本を読み先達の心を学べ。4、銀行や有力者のご機嫌取を取ることに走るな。5、創意工夫して利益の出ることに心を砕くこと。6、健康に留意する。7、人の長所を見る目を養う 短所をあげつらうな。8、多くに事件は内部告発だと知るべし。9、社長の権利だけを振り回すな〜サラリーマン社長。10、個人の利益を捨てろ。11、人の恩を忘れないこと。12、多くの人から好かれ尊敬される人になること。13、よいことは社員がやった 悪いことは社長の責任と知れ。4、何事も多くの人が助け合って成功すると知れ。15、社長の個人の力は微々たるものと思え。16、一日は24時間しかないと知れ。17、貸借対照表と損益計算書だけを見て判断するな。18、率先垂範〜最後の決断は社長がする。19、ついているか否かの判断をする力を養え。20、自分に謙虚であれ。
 この心得を見ると、勝野君がかなり苦労したのがよく分かる。新聞の世界は脇が甘いと感じる。最近は「謙虚になれ」を自分に言い聞かせている。己が余りにも無知であるのを知ったからである。80過ぎてからでは遅すぎる嫌いがあるが、あと40年近くある。遅すぎると言うことはない。
 この1月に一戸兵衛大将の伝記を読んだ(佐野正時著「北の鷹」光人社刊)。日露戦争の旅順攻撃での猛将で「一戸堡塁」の名を残し、乃木希典大将の後、学習院院長を務めた。「今乃木」と言われた将軍であった。一戸大将が座右の訓言として20条を挙げている。
1、小人の心を得ること難し。只其の巨魁の者の心を得れば、衆人皆屈服すべし。2、人を屈服するの念を有するなかれ。只其の道理を会得せしむるのみ。3、人を等差するなかれ。大人小人皆人なり。只其の言行異なるのみ。4、人見るなかれ。只其の言を聞くべし。人を見れば貴賤賢愚あり。言を聞けば理不理有るのみ。5、天下に我心智に如くもの無し。吾が勇気に敵するもの無し。我が言行に勝る者有り。勉めざるべけんや。6、事を画策する、疎漏なるべからず。周密に思慮すれば、必ず得。是我が良知良能の天に稟くる処なり。7、吾今より事をはじむべし。既往を悔るなかれ。8、決然として往くかな。天下に当たるもの有る無し。9、人生尽くすべき職分あり。勉めて怠らず。事を撰むは其の真裏に在り10、人倦怠の情を生ぜざるに至れば、天下為すべからざる事なし。11、大、天下を以てすと雖も、我が心裏の鉄剣を折るべからず。12、到る所に我が師在り13、精神一到何事不成とは、是静心沈実、心を他に移さざるの謂なり。14、事物に明らかならざれば人価なし。価あらざれば焉(いずくん)ぞ天下の有用たらんや15、言行信実なるを要す。一朝の毀誉を以て其の素をへんずべからず16、軽重我にあり。豈人にあらんや。然れども天下に為すあらんとする、必ず是をもとめざるべからざることあり。人事と道理を商量せざるべからず。軽重を裁するは其人にあり。17、些々たる事に憂苦する者は大事に当たる能わざるなり。意に挟むは正否共に人を小にす。18、英雄豪傑の最も長ずる処は只百事に屈託せざるのみ。19、趙孟所貴、趙孟能賎之、令聞広誉施於身、所以不一顧人之分繍也。20、安坐久しきに渉るの法を講ずるは仏法の座禅に如くものなし。
一戸大将は生涯、これでよしと己に満足したことはない。至らぬ者、愚鈍な者として己にむち打ったという。人間は生涯修行である。日々これ修行である。道は遠いが一歩一歩歩んでゆくほかない。

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts.co.jp