2007年(平成19年)9月20日号

No.372

銀座一丁目新聞

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花ある風景(287)

並木 徹

「ドキュメンタリー映画「シロタ家の20世紀」」

 感動的な映画は次の素晴らしい映画へと発展する。藤原智子監督のドキュメンタリー映画「ベアテの贈り物」(2005年4月1日号「茶説」参照)から生まれた映画「シロタ家の20世紀」はまさにその通りの映画となった。「ベアテの贈り物」は2005年4月岩波ホールで上映された。ベアテ・シロタ・ゴートンさんは日本国憲法の草案作りにかかわり、男女平等をうたった24条を設け、日本女性の地位向上に貢献した業績を紹介、感動を呼んだ。この映画はフランス、スイス、オーストリアなどドイツ各地で上映された。フランスでこの映画は運命的な出会いをする。映画を見たベアテと従妹ティナの娘アリーヌ・カラッソが藤原監督のもとにシロタ家の資料と写真を持ち込んだ。それを見た藤原さんはびっくりする。シロタ一族の歴史が戦乱に明け暮れた20世紀そのものであったからだ。
長男ヴィクトル・シロタはワルシャワで指揮者として活躍する。その息子イゴールは1944年ポーランド軍のノルマンディ上陸作戦に参加して8月20日に戦死する。今も、ノルマンディ・ランガヌリーのポーランド軍墓地に眠る。映画ではポーランドのバルチザンの歌が挿入される。題は「今日はきみに会えない」。「今日はきみに会えない/ぼくの姿を窓辺から追わないで欲しい/仲間たちが待っているから/ここに長居はできないのだ」(1番)「ぼくが戻らなかったら、春に種を蒔く時/ぼくの骨だと思ってほしい/実りの太地が広がったら/麦の束を手に取り/きみの胸に抱いてくれ」(3番)哀愁に満ちた歌声であった。
二男がレオ・シロタ。ベアテさんのお父さんである。世界的なピアニストとしてヨーロッパ各地で演奏活動をする。昭和の初めハルピンで開いた演奏会でレオのピアノを聴いた山田耕作が来日を進めたことがきっかけで昭和4年から17年間も日本に滞在、日本のピアニスト教育のために活躍する。その弟子に高名な園田高弘さんや藤田晴子さんらがいる。その傍らユダヤ人亡命音楽家の受け入れにも力をつくした。一人娘のベアテさんは大戦中、単身アメリカに大学に留学した。ベアテさんはヨーロッパに残ったシロタ一族の連絡役でもあった。戦後両親の安否を探すため占領軍の軍属となり来日する。軽井沢にいた両親と再会を果たすとともに戦争を放棄した日本国憲法にも関わり立派な仕事をする。映画では各地で講演をするベアテさんが映し出される。
三男ピエール・シロタは20世紀前半ストラヴィンスキーシャリアピンをはじめ多くのクラシック音楽家やミシタンゲット、モーリス・シェバリエなど有名な芸能人のマネージャーとして活躍した。1944年アウシュビッツに送られて無残な死を遂げる。牛8頭を運んだ貨車に80人ものユダヤ人が詰め込まれて貨車が幾度となく画面に出てくる。いたたまれない気持ちになる。ピエールの一人娘ティナはかろうじてアウシュビッツから逃れる。ティナはベアテの従妹に当たる。ティナの娘がアリーヌである。いまパリの郊外に住んでボランテア活動する。幾多の写真帳を見開きながらシロタ家の話を我々に語る。この一族の数奇な運命はまさにドラマである。藤原監督はシロタ家の故郷ウクライナの村まで足を延ばして東欧ユダヤ人の生き方を探る。「事実は小説より奇なり」というがすごい、感動的なドキュメンタリー映画が出来上がった。10月21日から始まる「女性映画週間」のオープニング映画として上映される。

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