2004年(平成16年)12月10日号

No.272

銀座一丁目新聞

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花ある風景(186)

並木 徹

新潟大学の同窓生活躍す

 友人の藍書房の小島弘子さんが新潟大学の出身者だとは知らなかった。このほど頂いた手紙には同窓会東京支部の活動に関わることになったと後輩たちの動静を知らせてきた。後輩の平沢隆君は昨年始め頃から『銀座一丁目新聞』の茶説を時々拝見しているとあった。時々というのは気に食わないが読んでくれているのは嬉しい。この茶説を読んでおれば時代から遅れることはない。毎日新聞の11月22日付け26面のコピーも同封されていた。記事を書いたのは新潟大学を二年前に卒業した阪神支局の服部陽君。新潟中越地震に関する記事で、山古志村で両親とともに被災した大学時代の友人、新潟大学4年生の藤井寛之君〈24〉の体験や所感を日記風にまとめてある。抜粋する。<10月25日>ヘリコプターで長岡市内へ。財布、携帯電話、位牌などを持った。(略)田んぼは土砂で埋もれていた。山に囲まれた村の中で唯一つ空が広く見える場所。今年も稲刈りを手伝った。『あったはずのものがない・・・』。自分の生活の一部が流されたような喪失感でいっぱいだった。
 <11月3日>毎日水の量(芋川をせき止めた「土砂ダム」)がどれだけ増えたということが、本当に必要な情報なのか。それよりも重要なのは家に帰りたくても帰れない人たちがいるという事実だ。(略)困っている人をそのまま報道してほしい。
 後書きで服部記者は「彼がこの半年で痛感したのは『近所付き合いの大切さ』だったという。『人間は一人では生きられない。まして非常時は・・・』。それは9年前の阪神大地震の教訓でもあったはずだ」と記している。報道のあり方、地震の教訓をよくまとめている。いい記事である。
いせ辰のポストカードに小島さんは「いせ辰に小さき買い物小春の日」と書き、同じ藍書房の同僚、渡辺ゆきえさんは「ひと恋えば落葉ひとひらわが胸に」と記してあった。

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