1999年(平成11年)2月1日

No.64

銀座一丁目新聞

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小さな個人美術館の旅(56)

北斎館

星 瑠璃子(エッセイスト)

 フランスの田舎を車でまわったことがある。高速道路をすごいスピードでぶっ飛ばすのはけっこう命がけの運転だったけれど、高速を下りても標識がしっかりしているので、手元に詳しい地図がなくても町の中心には迷わずに行けた。「サントル・ヴィーユ」の標識をたどればよいのである。サントル・ヴィーユ、サントル・ヴィーユととなえながら行くと、たいてい小さな美しい広場があって、そこがサントル・ヴィーユ(町の中心)だった。

 寄り道するところがあったので長野で高速道路を下りて、小布施までは千曲川沿いに小一時間。小さな町なので北斎館の前へ出るのは簡単だった。ここが町の中心なのだろう。石畳を敷いた小さな広場の、洒落た和菓子屋や茶店のたたずまいが形は全く違うのに何故かフランスの田舎町を思いださせる。東京から二百二十キロも離れたこんなところにこんな濃密な空間のある、小布施とは不思議な町だ。

 雁田山のふもと、栗やりんごの畑に囲まれた静かな丘陵地にある町小布施は、江戸時代後期には農産物の集散地として栄え、この地方の文化の拠点だった。葛飾北斎がはじめて訪れたのは1844年というから、いまから百五十年以上も昔のことだ。当地出身の豪商で、北斎の門人でもあった高井鴻山なる人物が江戸遊学中に北斎と知り合い、誘ったのである。当時、北斎八十五歳。転居癖があり生涯に九十三回も引っ越しをしたという奇癖の持ち主だったとはいうものの、それは全て江戸でのこと。こんな僻地まで遥々やって来るのはさぞや難儀だったろうと思うのだが、彼はここがすっかり気に入ってしまい、以後たびたび(二回とも四回ともいわれる)やって来ては高井鴻山の用意したアトリエに留まり、晩年の貴重な作品を残したのである。

 その最たるものが、四面からなる祭り屋台の天井画だ。異様なまでに美しい「菊」図や、死の数ヵ月前に描いたという「富士越しの龍」など晩年の肉筆画の並ぶ展示室を抜けると、天井の高いホールに屋台二台が飾られていた。どちらも精巧な彩色の彫り物を施し、黒漆塗りの唐破風(からはふ)の屋根を持つ大きく立派なもので、天井画の一方は「龍」と「鳳鳳」、もうひとつが「男浪」「女浪」からなる「怒涛図」である。漆黒の地の中にとぐろを巻く鳳風と、北斎独特の波に縁取られて真紅の地にうずくまる龍の対比。あるいは砕け落ちる波頭の力強い「男浪」、繊細な「女浪」。いずれもめくるめくばかりに大胆奔放でありながら一点の狂いもないその構図、デザイン感覚、色彩の冴えには改めて舌を巻くばかりだ。これが百五十年前に描かれたものとは。

 知られるように、北斎は自らを「画狂人」と称した江戸の浮世絵師である。1760年、江戸に生まれ、1849年、江戸で死んだ。享年九十歳。当時の九十は大往生であろうに、彼は「天、我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるべし」と嘆いたという。あと五年生きられたら本当の絵かきになっただろうとは、なんとすさまじい執念だろう。それが「富岳三十六景」や「北斎漫画」などなんぴとも追随を許さぬ作品を残しながらである。没後四年後、浦賀にペリーが、十八年後には明治維新がやって来た。

 この不生出の天才画家は、生前人にそう知られる存在ではなかったらしい。弟子も少なく、いつも貧乏だった。没後その真価を知られるようになったのは、維新直前のフランスで、マネ、ルノワール、モネら印象派の画家たちが北斎を見出し、賞賛し、影響を受けたからで、その後、フェノロサの北斎研究、ゴンクールの北斎伝などを経ていわば逆輸入のかたちで生きかえり、生前にもかなわなかった本当の生を生きることになったのである。

 小布施に北斎館が出来たのは1976年のことだ。町長以下町民挙げての努力が実り、四年の歳月を費やして開館した。四キロ四方に人口一万二千人。それまでは栗や桃栽培など農業を中心としていたこんな小さな町に、いまは北斎館のほかにも高井鴻山記念館、おぶせミュージアム・中島千波館、現代中国美術館、栗の木美術館など多くの美術館があり、年間百万人もの人が集まるという。北斎館二階の喫茶室から見下ろす広場には名物の粟きんとんや栗菓子を商う土蔵づくりの店、造り酒屋のレンガのエントツ、料理屋の土塀や、小さな火の見やぐらが絵のようなたたずまいを見せ、町を歩けば、いまはもう枯れてしまっているものの、そこここの空き地に人々が丹精をこめて花を咲かせているのがわかる。ああ、「町づくり」「町おこし」とはこういうことなんだなと、そこに住む人々の熱い思いが伝わってくるような、それが小布施という町の風情なのであった。

 初冬のうすい日が沈むと、広場にぽっと明かりがつき、潮がひいたように観光客がいなくなった。私は一軒の雅びな茶店に入って、冷たい風の吹く広場を眺めながら、あつあつの栗おこわを食べた。何かほのぼのとした幸福感に包まれながら。

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北 斎 館

住 所: 長野県上高井郡小布施町大字小布施485  TEL 026-247-5206
交 通:

長野電鉄小布施駅より徒歩10分
車の場合は上信越自動車道「信州中野」インター下車15分

休館日: 12月31日と1月1日

星瑠璃子(ほし・るりこ)

東京生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後,河出書房を経て,学習研究社入社。文芸誌「フェミナ」編集長など文学、美術分野で活躍。93年独立してワークショップR&Rを主宰し執筆活動を始める。旅行作家協会会員。著書に『桜楓の百人』など。

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