2001年(平成13年)4月1日号

No.139

銀座一丁目新聞

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茶説

南方熊楠の先見性に学べ

牧念人 悠々

 劇団「前進座」は今年創立70周年を迎え、記念公演の一つとして、博物学者であり、民族学者の南方 熊楠を取り上げた。
 「自然破壊は人間の破壊につながる」と喝破した先駆者、熊楠は21世紀に入ってもなお輝きを増す。
 神坂 次郎作、十島 英明演出「およどん盛衰記」を前進座劇場でみた(3月24日)。およどんとはお手伝いさんのことで、南方家に着た8人のおよどんをつぎからつぎに登場させて、熊楠(嵐 圭史)その妻松枝(いまむらいずみ)を中心に、親友の医者、喜多幅 武三郎(津田 恵一)ら熊楠の仲間たちの交流と珍騒動を面白、おかしく繰り広げる。
 芝居は熊楠の長女、文枝(今村 文美)の語りで進行する。およどんの名前が傑作である。例えば、口から先に生まれた元気娘というので「雀のおうめ」(横沢 寛美)。その口八丁で県議会選挙に牟婁新報社主、毛利 柴庵(武井 茂)が見事当選を果たす。
 神坂 次郎著「およどん盛衰記」によれば、熊楠は日ごろからその言葉や文章に良く「性」の秘話についてはばかることなく、筆にし「わが言を聞け、猥なり。わが行いを見よ、正し」とある。
 舞台でも猥なりの場面がでてくる。あまり猥褻な感じはしない。観客席からは健康的な笑いがしばしば起きる。
 「神社合祀令」に反対して会場に乱入して家宅侵入罪で監獄へ17日間収監される。南方文枝さんが和歌山放送の北野 栄三社長とのラジオ対談(平成3年12月1日放送)のなかで「監獄のなかは大変気に入ったらしいです.静かで、お金をだすからもう一週間おいてくれないかと・・・宿泊料出しますからって・・・(笑い)」と語る。
 舞台では毛利が新聞社の肩書きを利用して顕微鏡を差し入れる。それを使って熊楠が新種の粘菌を発見、狂喜する。全く憎めない巨人である。
 熊楠が「神社合祀令」に反対したのは貴重な研究の宝庫である森の乱伐を恐れたからである。その反対意見を発表したのが今から92年前である(明治42年)その時に自然保護を唱え、エコロジーのありかたを説いた先見性はすごい。戦前、無名だった熊楠を高く評価されたのは生物学者の昭和天皇であった。昭和4年6月1日、熊楠はお召し艦「榛名」の船上でご進講、粘菌標本百十種を献上した。昭和天皇はこの時28歳、11年前、沼津で深海にすむエビの新種、和名ショウジョウエビを発見している。キャラメルの大箱に入った標本と天衣無縫の熊楠人柄を天皇はよく覚えておられた。
 昭和37年5月、南紀再訪のさいには「雨にけぶる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思う」と御製を読まれたという。この時すでに熊楠はこの世にはいない。昭和16年12月19日75歳で死去した。その残した足跡は大きい。しかも芝居になって後の世に語り継がれている。

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