2000年(平成12年)3月20日号

No.102

銀座一丁目新聞

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横浜便り(6)

分須 朗子

 大好きな映画館、伊勢佐木町の「関内アカデミー劇場」で観た2000年第1作は、イタリア映画「シャンドライの恋」(監督/ベルナルド・ベルトリッチ)だった。
原色のアフリカ音楽とピアノの透明な旋律の不協和音が、ゆっくりと調和していく映画。
台詞の少ない登場人物の心の動きがじりじりと迫ってきて、ぼんやりしていた心臓の血管がギュギュッと伸縮した。

 場所はローマ。
ある夜、男は、住み込みメイドのシャンドライ(サンディ・ニュートン)の枕元に手紙を落とす。まっさらな五線紙に、「?」の疑問符一つ。
屋敷主の男はイギリス人作曲家。女は、医学の道を目指すアフリカ人女性。政治活動で逮捕された夫の無事を祈っている。

 互いのことは何も知らないまま。言葉は交わされないまま。
男女の生活が交差する中、言葉にならない男の想いだけが重なり、不可思議な行為はエスカレートしていく。女は黙ったまま。
ある日、男の無防備な告白に、女は後ずさりし叫ぶ。「どうして?」と。


 数日後、日本映画「カリスマ」(監督/黒沢清)を観た。こちらも伊勢佐木町通り、まあまあ好きな日活会館の「横浜オスカー」にて。

 「世界の法則を回復せよ」人質をとって立てこもる犯人にメッセージを差し出され、
刑事(役所広司)は、「分かった」と深く頷く。構えた拳銃を手放し、その場を後にする。直後、犯人は人質を撃ち、いずれも死に至る。刑事は上役に問われる。「何故犯人を撃たなかった?どうしてだ?」と。

 “元刑事”は森をさまよう。カリスマと名付けた一本の樹をめぐり、森も戦っていた。
カリスマを死守することを生き甲斐とする"森の青年"は、カリスマの衰弱を嘆く。そして元刑事にたずねる。「どうして?」と。

 樹木を研究する"女教授"は、カリスマを毒素と判断し、森全体の枯渇を示す。カリスマを殺傷するために、森全体の破壊を企てる。
生きる力と殺す力が交錯する森に、元刑事は住み着いていく。気が違ったかのように、森に固執していく元刑事。

 外界を求める"森の少女"が元刑事に叫ぶ。「どうして?」と。

 「どうして?」の結末。
日本映画は、「共存」を求めた。
元刑事は、カリスマと森の共生を望む。
人と人、森と町。どちらが自然でどちらが不自然か、分からなくなる。
それぞれの法則があり、それぞれの立場があるから。

 イタリア映画は「混合」に触れた。
男の、無垢で変質的な愛を女は受け止める。
男と女。国と国。どこまでが純粋でどこからが狂気か、分からなくなった。
それぞれの環境があり、それぞれの気持ちがあるから。

 「どうして?」は、言いたくないと思った。
 「どうして?」の前に、もっと考えて、もっと思いやって、近くに歩み寄りたい。



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