1999年(平成11年)12月10日号

No.93

銀座一丁目新聞

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追悼録(8

 亡くなった将棋段、芹澤博文さんが酒豪で鬼才であったとは聞き知っている。

 夫人の和子さんの本(「忘れざる優しさの証に」)にも書いてある。

 長男の正博君が小学校4年生の時、オール2の成績をとってきた。その際、父親の博文さんが言った言葉が立派である。

 「エライ、よくもこう全部そろえられた。普通じゃとてもこうゆうわけにはいかない」

 家族はみんな大笑いした。長女の和美さん(今は2児の母親)が言ったそうである。

 「うちの正博(現JR東日本勤務)が不良にならなかったのは、パパのあの一言がよかったからだと思う」

 世の中にこのような父親がいたら、少年、少女の犯罪はもっとすくなくなるであろう。

 「女房が一番好き!」と和子さんに最高のプレゼントをした博文さんは昭和6212月9日51歳でこの世をさった。

今年は博文さんの13回忌である。12月5日の日曜日、東京・青山の高徳寺に弟弟子の中原誠名人、米長邦雄9段ら50名が参列、にぎやかに楽しく法要が行われた。

この日も出席した弟弟子の田中寅彦9段は「週刊文春」(12月2日号)に「日ごろ稽古将棋をつけてもらった時から『トラよ、円を描くように大きく指せよ』と何度も叱咤された」と偲んでいる。

私も先輩から現場の雑感を書く際は、「大きく円を描いて、中心から書け」と教わった。

 『俺が死んだらババア一人で生きられるだろうか』と生前博文さんはよく口にしたそうだ。心配することはない。和子さんは何事にも動せず、笑顔もたやさず、甘いものを敬遠し『ひとり』を謳歌している。博文さんが点数をつけた女の位、美人とシャンの間をいまだにたもっているのはこのためにほかならない。(柳 路夫)

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