安全地帯(333)
−信濃 太郎−
井上ひさしの「キネマの天地」を見る
井上ひさし作。栗山民也演出。こまつ座の「キネマの天地」を見る(9月8日・東京新宿・紀伊国屋サザンシアター)。
井上ひさしのセリフの巧さ、物語の展開の妙に堪能した。
観客を喜ばせるのにまことに巧みである。
▲とき 1935年(昭和10年)3月下旬
▲ところ 築地東京劇場の裸舞台
昭和10年前後の芸能ニュースを見ると、舞踊家崔承喜が日本青年館で初公演し大成功をおさめる。東京宝塚歌劇場開場、藤原歌劇団第1公演を開く。新協劇団が結成される。映画では「隣の八重ちゃん」(松竹蒲田・監督島津保次郎・女優逢初夢子・岡田嘉子)、「妻よ薔薇のように」(PCL・監督成瀬巳喜男・女優千葉早智子)、「人生のお荷物」(松竹蒲田・監督伏見晃・女優田中絹代),「雪之丞変化」(松竹京都・監督衣笠貞之助・女優伏見直江)「彼と彼女と少年達」(松竹大船・監督清水宏・女優桑野通子)
まず舞台に4人の女優が登場する。若い方から。田中小春(大和田美帆)滝沢菊江(秋山奈津子)、徳川駒子(三田和代)、立花かず子(麻実れい)。いずれも売れっ子女優で犬猿の間柄である。意地を張りながらそれぞれの自慢をしお互いにけなす。自分のアップの数、セリフの長短を気にしているとは意外な発見であった。4人の競演は面白い。それぞれにその個性が出ている。初め観客にはわからないのだが物語の筋は小倉虎吉郎監督(浅野和之)が新作『諏訪峠』に起用する4人の女優が仲良く共演するために芝居を作る。昨年頓死した妻で女優の松井チエ子殺人事件真犯人追及劇『豚草物語』である。刑事役はうだつの上がらない万年下積みの尾上竹之介(木場勝己)である。死後見つかった松井チエ子の日記「私はk・T,に殺される」を手にしてそれぞれの身辺調査をしてきた助監督島田健二郎(古河耕史)の証言をもとに追及する。だが意外にも犯人は松井チエ子にいじめられていた竹之介と分かる。そのセリフが泣かせる。『罠だとわかっていてもこんな良い役を断ることはできない。場所は築地の東京劇場、4大スター女優との共演が出来る。天下にスターをぎゅうぎゅうしめあげせめたてるという仕所のある役だ。どんな理由があろうともこんないい役に飛びつかないようなやつは役者じゃありませんよ』
この言葉にそれぞれがつぶやく。小倉監督「芝居はひとりじゃできません」、小春「優れた芸術はみな人間への讃歌」、駒子「ウソをホントーのことに化けさせるのが芝居」菊江「最大に教えはやはり今のお芝居への執念よ」、かず子「あのひとちがってわたしたちにはまだまだやれる役がたくさんあるわね。ありがたいことね」
わたしは「初心を忘れるな」とつぶやく。
小倉監督の目論見通りになった。仲良く新作品『諏訪峠』に取り組むことになった。めでたしめでたし・・・
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