安全地帯(282)
−信濃 太郎−
澤地久枝さんの「きもの人生」を思う
着物は何枚か持っているがここ数年着たことがない。作家、澤地久枝さんが「出会いの数だけ着物があった」と著書「きもの箪笥」(淡交社・平成22年4月6日発行)を出された。肩のこらない本なので暇のあるときに目を通した。着物を通しての澤地さんの交遊録で面白かった。きものについて知らないことがたくさんあったし、澤地さんの知られざる側面も垣間見る気がした。
「明日の外出のため、好きな着物、好きな帯をそろえ、眠りにつく前のいっとき。嬉が心にみちてくるのを感じる」というくだりに出会うと、ほほえましくなる。澤地さんの着物に対する目は厳しい。たとえ特別注文して作ったものでも二、三回締めたきりで愛着のもてないものがある。それは作り手の優劣、美意識、志の有無を感じるからである。となると、すべてに通ずる。作品は作り手の全人格の表現であるからだ。澤地さん自身、着物に関しては保守的で、古典的なもの、現代に通じる新しさを持つ伝統柄、様式を好むという。これは着物だけでなく澤地さんの基本的な性格をそのまま言い表しているような気がする。
芭蕉布は沖縄独自の布であり緊急避難時にあたって選んで着る大切なきものだ。この芭蕉布に命を与えたのが柳宋悦。私家本「芭蕉布物語」が225冊限定で出たのが昭和18年3月25日であるという。澤地さんは記す。「戦火にすべてほろびたのち、心ある人に芭蕉布を受け止めてもらいたいという柳の祈りであったように思える」。すごい人がいたものである。
2007年9月、米寿を迎えた平良敏子さん(重要無形文化財「芭蕉布」保持者)の作品展が東銀座で開かれたそうだ。この作品展を知らず見逃したのは残念であった。
「更紗の帯を締める日、わたしは人生からの祝福を感じる。時を越える命の荘厳を感じもする」。著者にこう言わしめるのは見事な古更紗の小物を残して突然この世去った心友との深い絆が残っているからであろう。帯も着物も着ない私にはこのような祝福も命の荘厳も感じることが出来ないのはまことに情けない
この著書の中に澤地さんの着物姿の写真が8枚ある。それを眺めているうちに自宅の2階の居間に着物姿の澤地さんと私が一緒に写っている写真が飾ってあるのを思い出した。スポニチの社長室で写した写真である。今から20年も前のである。出版社の注文で撮ったものだがこの時澤地さんに着物のことを質問しておけばよかったと今になって思う。そのころはスポニチの部数を伸ばすことに頭がいっぱいでそのような余裕がなかった。もともと無粋な男だからどうであろうか・・・
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