花ある風景(361)
並木 徹
川上昌裕×中西誠ピアノデュオリサイタルを聞く
9月最後の雨模様の夜、音楽で楽しむ(9月30日・日本大学カザルスホール)。友人の青木五男君から娘婿・川上昌裕さんがピアノデュオリサイタリを開くからと招待されたからである。ピアノデュオの作品は私にとって初めて聞く音楽である。興味津々であった。
演奏者は川上昌裕さんと中西誠さん。演奏ぶりは静と動である。クラシックとジャズの違いがある。その所作も一人は真面目にいちいち納得して音を出している感がある。一方は悠然として遊ぶ如く手を鍵盤上に舞わせる。時には二つの蝶が仲良く舞うがごとく、時には重なり合う。と思えば巌流島の決闘よろしく激しくせめぎ合う。
「J・ブラームス:2台ピアノのためのソナタ ヘ短調作品34b」は堪能した。第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ(早すぎないように)。舞台の巨大なピアノの左に中西、右に川上。目と目をわせて弾き始める。中西が指摘するようにこの樂想にはバッハ特有の葬送のリズムや運命のリズムがある。その調べはバッハを思わせる。ブラームスはバッハを崇敬し、その作品に傾倒したといわれるだけのことはある。
15分間の休憩の間、右側のピアノの調節を調律師が懸命に行っていた。恐らく几帳面な川上の指示であろうと私は思った。休憩前に演奏した「カプースチン:2つの楽章からなる協奏曲 作品30」で違和感を抱いたのであろうか。音を大切にする川上に感心させられた。そういえば、ブラームスも一つの音でもおろそかにしなかった。ある演奏会でブラームスがハンガリーのヴァイオリニスト・レメニーと演奏を始めようとしたところ、ピアノの音が実際より一音か半音違って調律してあることに気がついた。いまさら調律をし直すわけにもいかず、ブラームスは移調しながらレメニーとともにベートヴェンの「クロイツ・ソナタ」を見事演奏し終えた。このとっさの機転にレメニーもびっくりしたという。
第2楽章アンダンテ・ウン・ポコ・アダージョ(歩くぐらいの速さ・少し緩やかに)。揺り籠の中で子守唄を聞くかの如くであった。二人のピアノの旋律の美しさがなんとも言えない。第3楽章スケルツォ(急速な3拍子の軽快な調べ)。何となく愉快になり、体を動かしたくなる。それでいて音が鋭く心に突き刺さる。第4楽章ポコ・ソステヌート・ブレスト・ノン・トロッポ(少し抑え気味で早くなりすぎないように)。これまでの楽章の総仕上げである。ピアノの音が奔流する。「生死に対峙する悲痛までの葛藤が、壮絶な音たちの叫び」となる(中西の表現)。「聞くべきは音楽なり」と痛感した雨の夜であった。
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