花ある風景(123)
並木 徹
演劇集団「円」はなかなか意欲的な劇団である。今回、チェコの劇作家、カレル・チャペック作・田才益夫訳・山下悟演出の「マクロプロスー300年の秘密」を日本で初めて上演した(2月28日から3月12日まで、東京・ステージ円)。秘薬によって337歳も生きたオペラ歌手エミリア(唐沢潤)をめぐる遺産相続裁判と長寿論争物語である。裁判の経緯を覚えるのに一苦労したが、結構、面白く拝見した。唐沢のどこかニヒルで退廃的な声が耳に残る。
チャペックの作品は「RUR(ロボット)」(1921年)「蟲の生活」(1921年)の2作が戦前、築地小劇場で上演されている。2作とも空想的な形式を借りて現代の物質万能の社会を風刺したもので、欧米では大変な評判を呼んだ。「マクロプロス」はいささかその筋がややこしいが、ともかくその物語を説明する。ヨゼフ・フェルディナント・プルス男爵が1827年に死んだ。その遺産を唯一の血縁者であるとしてエンメルヒ・プルス男爵が相続した。ところが、生前遺産の譲渡の宣言を受けていたとして、フェルディナント・カレル・グレゴルが相続の権利を主張、譲渡無効を主張する相手側と裁判となった。裁判は最高裁まで争われ100年の時間が経過する。
時に1922年である。訴訟はともに息子のフェルディナント・アルベルト・グレゴル(石住昭彦)とヤロスラフ・プルス男爵(大谷朗)の代になる。100年裁判の判決がでようとする日、弁護士事務所にエミリアが現れて意外な告白をする。自分の本当の名前はエリナ・マクロプロス(1585年ギリシャ、クレタ島で生まれる)で337歳であるという。16歳のとき皇帝の命で父親が作った長寿の薬の実験台となる。回復後身の危険を感じて逃亡生活に入る。
年とともに名前が変る。1816年(年齢231歳)に、歌手エリアン・マック・グレゴルと名乗り、遺産を残したヨゼフ・フェルディナント・プルス男爵と知り合い、男爵の子供フェルディナント・カレル・グレゴルを出産する(石住昭彦の父親にあたる)。エミリアは石住にとって祖母になる。1840年(255歳)には歌手エカチェリナ・ミシュキンとしてロシアで活躍する。1675年(290歳)にはジプシー娘、エウヘニア・モンテスとしてアンダルシア地方で、ハウク・シェンドルフ伯爵(野村昇史)と知り合う。1910年(325歳)にオペラ歌手エミリア・マルティとしてデビューする。それから2年後に弁護士事務所に姿を見せる。300年にわたる彼女の人生は多彩にして華麗である。幸福であったかどうか。その体は冷え切っていたという大谷の話からすれば、不幸せだったのかもしれない。
さて長寿の秘薬を手に入れたエミリアの周りの人々は結局は秘薬を燃やしてしまう。そんなに長生きしてもやる事がないという。人間は身の丈だけの命と幸せで満足するのであろうか。チャッペク自身は「人々に何か慰めになること、そして楽観的なことを言おうと意図した。60年(平均)の人生は適当であり、十分よいことであると公言するのは決して犯罪的なペシミズムではない」といっている。それでもあなたは長生きがしたいですか。 |