2001年(平成13年)5月10日号

No.143

銀座一丁目新聞

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茶説

憲法改正に思う

牧念人 悠々

 憲法について前号に引き続き書く。戦後50余年、実態とそぐわないところもあるので、漠然としながらも、憲法改正もやむをえないかと思っている。しかし、現行憲法の主権在民、平和主義、人権の尊重の三本柱はあくまでもまもるべきであると主張したい。
 憲法前文を詳しく読んでいるうちに、これまで見過ごしていた重大な個所にぶつかった。「…これは人類普遍の原理でありこの憲法はかかる原理に基ずくものである。これらはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」
 つまり人類普遍の原理に反する憲法改正は出来ないということである。井上 ひさし、樋口 陽一共著の「日本国憲法を読み直す」によると、所定の改正手続きを踏んでもなお一定の事項についての改正を許さないという意味に読み取れるとしている。更にわかりやすく説明を加える。ドイツの基本法(憲法のこと)の79条三項には、一条の「人間の尊厳」の尊重と保護、20条の国民の主権など基本原則に変更を及ぼすような憲法改正を許さないと定めてあるという。
 そういえば、小林 武南山大学教授が「96条に関して国民投票を削除し、国会の発議要件も三分の二を単純多数(過半数)にすべしという議論があるが、国民投票を除くことは国民主権の原則に抵触する。憲法の限界にあたるもので、改正対象になりえないとするのが憲法学者の通説である」と論じている(5月2日毎日新聞)。注目に値する発言である。
 前文のこの個所を井上 ひさしさんは「防御装置」と呼び、一種の護身術を身につけているとも表現する。日本国憲法が持つ個性を変えられることを拒むための防御装置だというのである。主権在民、平和主義、人権の尊重は憲法の三つの個性である。いずれも後退的改正は許されない。その本質を生かして内容を深化させ発展させるものでなくてはならない。
 とりわけ、戦争放棄を定めた9条の扱いは難しい。自衛隊の存在を踏まえた上で平和主義と不戦の誓い、国際協調を絡めた文言にせざるを得ないと考える。
 21世紀に生きる日本人の「国の枠組み」を決める大切な課題だから時間をかけて議論すべきである。

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