2000年(平成12年)3月1日号

No.100

銀座一丁目新聞

ホーム
茶説
茶説2
追悼録
花ある風景
告知板
バックナンバー

 

追悼録(15

 毎日新聞の記者になりたてのころ、先輩の磯田 勇さん、福湯 豊さん(いずれも故人)から貴重な忠告を受けた。磯田さんからは「社会部はいくら忙しくても一週間一冊の本を読め」と教わった。その際、次のような話をしてくれた。

 「殺人犯が捕まりその供述で死体は琵琶湖畔に捨てられたという。警察がいくら捜索しても死体は見つからなかった。犯人がウソをいっているのではないかと思案にくれていたところ、毎日の記者が『署長さん琵琶湖畔は藻が深いから死体はよそにに流れずに捨てられたという場所付近の藻にひっかかっているはずですよ』と助言した。そこで警察はもう一度丁寧に捜したところついに発見、事件が解決した。それ以後その記者は信頼され、取材もスームスにいくようになった」

 日本最大の湖の琵琶湖はそう単調ではないらしい。小江慶雄著「琵琶湖水底の謎」には冬の漁で湖が荒れると、数メートルの三角波をかぶって小船は転覆し、遭難した魚師たちは生きて返れずその遺体さえほとんど見つけることが出来なかったという。竹生島の近くには底しぬ死の深淵があって、屍はすべてそこを墓場ときめて集まり、屍の一大集団をつくっているといわれる−と書かれている。

 その名文で二度も社長賞を受けた福湯さんからは「名文を書きたいなら貯金するな。その金で大いに遊べ」といわれた。遊びといってもいろいろある。バクチもあれば、映画、美術展などを見、コンサートを聞くのも遊びである。文章を書く上で何らかのたしになるというのである。その教訓を大事に守り、警視庁の記者クラブではひたすらマージャン、トランプ、花札、競馬など賭け事に励んだ。貯金はできなっかったが、平易、簡潔、達意の新聞文章はマスターしたつもりである。しかしこれとて奥が深い。この年になってみれば、文章には天成のものがかなりあるとわかった。それにしても遅すぎる。(柳 路夫)

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。
www@hb-arts。co。jp