2011年(平成23年)5月10日号

No.503

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花ある風景(418)

 

並木 徹

 

西宮正泰著『万葉集探訪』を読む

 

 
 西宮正泰著『万葉集探訪』(文芸社刊)を読む。西宮さんは陸士53期生、私たち59期生の区隊長で本年91歳である。内容がわかりやすく”西宮万葉集”の世界を現出している。西宮さんの生地は富山県射水郡新湊町(現射水市)。万葉集の編集者大伴家持のゆかりの地である。国守家持の国庁は射水川を隔てた伏木の台地にあった。小学5年生の時、夏休みの自由課題を父親に相談したところ、万葉集の和歌数首墨書して「これを暗唱して意味を自分で考えよ」と言われた。これが万葉集との出会いであった。

 友人霜田昭治君は日本語を研究しており、しばしば難題を出す。最近も「東野炎立所見而返見為者月西渡」柿本人麻呂(巻1−48)は「あずまのにかげろひのたつみえて・・・」か「ひがしののにかげろひのたつみえて・・」が、どちらかと質問してきた。私は柿本人麻呂の前後の3歌を見てその上、犬養孝著『万葉12ヵ月』(新潮文庫)を参考にして「ひんがしの・・」が正しいとした。霜田君は「実際のところ、昔の人がどう読んだかわからない。長い間読まれてきた”あずまのに・・”も捨てがたい」と言っていた。西宮書には「東野の煙の立てる所見て』と訓まれていたのを加茂真淵が「東の野に炎の立つ見えて」と詠み直して名歌が誕生したとあり、さらに時の持統天皇のお気持ちを二つの天体よって見事に表現しているとある。歌意からしても「ひんがしの・・」である。

 「若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ“二八十一不在国”」(巻11−2542)を何とよむか。「・・・・にくくあらなくに」とよむ。「八十一」は「くく」とよむ。9×9=81である。当時にすでに九九を知っていたのである。

 防人の歌が巻20に93首、巻4に14首が収められているという。防人の歌が100首以上あるのを私ははじめて知った。素晴らしい歌が少なくない。「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世にわすられず」(巻20−4322)。「防人の歌は方言丸出し、何の虚飾もなく心情を吐露しているため、どの一首をとっても胸に迫るものがある」と西宮さんは綴る。昭和20年4月12日、知覧か特攻出撃した第20振武隊・穴沢利夫少尉は遺書の中に読みたい本の一つに「万葉集」を挙げた。日本が誇る文化遺産であれば当然であろう。西宮さんは英国人がシェークスピアの作品を、ドイツ人がゲーテのファストをそれぞれ愛読するように「万葉集」を必読してほしいと願う。私も時に触れて読もう。最も好きな歌は「夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今夜は鳴かず い寝にけらしも」(巻8−1511)である。