2010年(平成23年)4月1日号

No.499

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花ある風景(414)

 

並木 徹

 

東北関東壊滅す春三月

 

 
 芭蕉は「物の見えたる光、いまだ心に消えざる中に言ひとむべし」と教えた。3月11日午後2時46分、東北・関東大震災は「心に消えざる中に言ひとむべし」である。その時あなたはどこにいたのか。東北・関東に住む人にとって記憶に残る。

 今回の大震災は1000年に一度の震災と言う。115年前の明治29年6月に起きた三陸地震の際、津波による死者は21915人であった。今回は28000人を超えるといわれている。年配者にとって「人生の最終章大津波」となる。

 高齢者の人たちに施設は海辺の「風光明媚」な場所が良いであろうと海岸近くに建てられたところもあった。不幸にも津波で倒壊し流され多くの犠牲者を出した。「あだとなる風光明媚流されぬ」。

 東電管内では5グーループに分かれて計画停電が実施された。初日は混乱したがあとは公共輸送手段がある程度確保されて混乱はあまりなかった。「停電や信じて通る交差点」と言った風景も見受けられた。日本経済の先行きと福島第1原発の事故で株は大暴落、東電の株は下落し566円(3月29日)になった(3月10日は2153円)。「東電株大暴落春の地震(なゐ)」の体たらくであった。

 避難所には一時は45万人を超える人々が避難した。春三月であるというのに今年の北陸の寒さは厳しかった。この冬一番の寒さを記録したところが少なくなかった。「厳寒やないないづくし避難所」。ある避難所では朝のラジオ体操の伴奏を自閉症の子供が生き生きとピアノを演奏していたのには感動した。「朝体操自閉児伴奏受け持ちぬ」。このころは卒業式シーズン。友達を亡くし人々の情けや思いやりを強く感じた子供たちであった。
「歌かなし父兄まばらの卒業式」。

 出動した自衛隊員10万。自衛隊による死者の収容は4150体を数える。東電の福島第1原発の事故の放水作業にも参加した。国の最後の砦が自衛隊との覚悟で救助にあたったという。「大震災最後の砦自衛隊」。原発の事故の放射能漏れで付近の住民が避難し。野菜・原乳が汚染した。「春のなゐ安全神話流しけり」、「神あれば3度の被ばく避けたしき」。

 阪神大震災の際,永田耕衣は「白梅や天没地没虚空没」と歌った。私は『春椿海底の怒り波の声』と詠む。安東次男は「国一つたたきつぶして寒のなゐ」と歌う。日本の政治だけでなく経済、社会等「国のかたち」が意外に大震災によって歪んでいるのを知る。「国形のいびつさを知る春のなゐ」とする。