2006年(平成18年)5月20日号

No.324

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花ある風景(238)

並木 徹

ニコよ!青い木賊をまだ採るのか 白虹

  寺井谷子さんから句集「母の家」をいただいた。第一句集「笑窪」(昭和61年)の際、私は俳句も作らないのに、母親の房子さんが主宰する「自鳴鐘」に「笑窪・作品所感」を書いた。今から20年前の話である。厚顔無恥というほかない。今回はジャーナリストとして感想を書かしていただく。第一句集が父白虹に捧げたもので、今回の第五集は咋年、卒壽を迎えた母房子さんを祝ったものである。

 母の家の裏戸親しや梅の花
 卒壽とう母の矍鑠梅真白

 「母の家まで六百五十歩春の雨」とも詠む。母の家は北九州市小倉北区白萩町にある。寺井さんは同じ区の高峰町に住む。距離にして500bたらずか。「自鳴鐘」編集のためしばしば母の家に通う。六百五十歩の道は俳句への道でもある。第一句集がギラギラ輝いていたのが第五句集では落着いた穏かな情熱を秘めたものに変わっている。20年の歳月がそうしたといえるかもしれないが、その性格は父親似であり、初めは白虹に影響を受けたのがその死後(昭和58年11月18日死去、享年84歳)作風は房子さんにより多くの影響を享けたように見受けられ、今は独自の道を歩まれていると私には思える。
房子さんの娘、谷子さんを思う句は凛として男を寄せ付けない。

 夕顔の数の吉凶夫に秘す
 眦に粉黛のこる秋の夜 

 句集「母の家」から私の好きな句を選ぶ。

 駿河台かくも坂あり夜の蝉
 人恋うて更けておそろし瓢の笛
 汝が魂よわが魂よほうたる来い
 密会のごとし机上のサングラス
 女人らに霏々と筑紫の名残雪
 夕桜いずれ化けよと猫に言い
 春寒し地震のなかなる本の嵩
 (菫濃き墓に地震来ることなかれ 白虹)

 最も好きな句は「晴すぎて誰もいない草の花」(平成13年)である。平成の名句である。後世に残ると本紙でも取り上げた。ひたすら道を歩む人の深い孤独感、寂寥感、分かる人にしかわからない。

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