2005年(平成17年)4月10日号

No.284

銀座一丁目新聞

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安全地帯(106)

信濃 太郎

 多摩森林科学園の櫻を愛でる

 恒例になった多摩森林科学園(東京都八王子市)の桜見物に出かけた(4月9日・快晴)。集った同期生22名(婦人5名)。昨年は40名であった。80歳寸前で半分に減ってしまった。うれしいことに2月に亡くなった林文夫君(歩兵)の奥さんの京子さんが特別参加してくれた。期待していた「白妙」はまだ蕾であった。「寒櫻」が今見ごろだから例年よりは少し遅くなっている。「雨宿」(あまやどり)は花が葉で雨をしのぐようになっていることからその名があるなどと始めて知った。関西で中国語を一緒に研究したことのある鈴木洋一君(通信)が秋山智英君(歩兵)にその話を感心しながらしていた。西村博君(歩兵)は「エビネ」(蘭の一種)を100鉢もマンションのベランダで栽培している。「月下美人」(サボテン科)も付き木して楽しんでいる。「白い花がきれいだよ。あげようか」という。「まだ俺は人間に興味があるから・・・」と断る。
 2次会は高尾山口の栄茶屋2階。いつもは二間でも狭い感じであったのが今年は一部屋で十分余裕がある。塩田章君(船舶)に2月に亡くなった佐島博之君(輜重)の終戦時の心胸を綴った手記を公表すべきであると話をする(4月1日号本紙「追悼録」参照)。塩田君は佐島君とは親しくその長男の結婚式の仲人をやっている。今年は敗戦60年である。士官候補生の歴史の証言者として残すべき時にきている。塩田君はうなずいた。席の隣に同じ府中に住む池上昭男君(航空)がいた。彼は俳人である。「偕行」に毎回俳句を投稿している。4月号に「大寒や同期の集い矍鑠と」の句がある。植竹与志雄君(船舶)の夫人京子さんも俳人である。言葉が凛として清冽である。頂いた句集「歩行」を時折り目を通す。「山桜百歩のぼればわれ消えむ」。私の胸に響く句である。帰りは池上君と一緒であった。京王線府中の駅で「昨今、俳句を嗜む人は長生きするらしいよ」といって別れた。

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