2003年(平成15年)9月20日号

No.228

銀座一丁目新聞

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追悼録(143)

 フリージャーナリストの無念を思う

 フリージャーナリスト染谷悟さん(38)が殺害され、東京湾で見つかった事件はどうも気にかかる。口封じのために殺されたような気がしてならない。今年の7月に、新宿歌舞伎町の闇の世界を徹底的に取材しその実態を描いた「歌舞伎町アンダーグラウンド」(筆名柏原蔵書・ベストセラーズ刊)を出したばかりである。本の内容が「闇の世界の恥部」に触れた疑いがある。死体遺棄の状況が異常である。遺体には潜水用に使う一個2キロの重りが8個と鎖が巻きつけられていた。計22キロの重さになるという。手口が素人離れしている。とすれば出版の自由に対する暴力である。新聞も手をこまねいているわけにはいくまい。染谷さんの志を継ぎ生かさねば渋谷さんの無念は晴れまい。
 かって毎日新聞東京本社が暴力団に襲われた(昭和35年4月2日)。毎日新聞の記事に不満をもった松葉会の十数人が輪転室で砂袋を投げつけ、発煙筒をたいて輪転機3台を止める暴力事件を起こした。問題の記事(昭和35年3月14日夕刊)は松葉会会長夫人の葬式に政治家が花輪をずらりと出したのを批判したものだが、松葉会は「会長夫人の葬式にケチをつけた」と怒りを爆発させた。
 組織に属さないフリーのジャーナリストは時間の制約を受けず、自由気ままに行動できる利点を持つが、定期的に収入がないだけにお金には常に悩まされるだろう。渋谷さんも借金で困っていたようである。もともと新聞記者はお金には縁がない。筆者などは入社早々デスクから「貯金をするな。金があるなら大いに遊べ。その遊びが取材、文章を書くうえで役に立つ」と教えられた。だからいつもお金に困っていた。もちろん貯金もしなかった。渋谷さんの困りようはそれ以上であったろう。そのハングリーが「歌舞伎町のアンダーグラウンド」に取材の意欲をかき立てたとみて間違いはあるまい。今の新聞記者は「辛い。時間がない。苦労をする」職場を嫌う傾向にある。事件記者に志望するものが少なくなっている。渋谷さんのような存在は貴重である。これからさらにいい仕事をするであろうと期待されていただけにその死は惜しまれてならない。

(柳 路夫)

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