2002年(平成14年)12月10日号

No.200

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(31)

−寛げる居場所− 

 上野の美術館へ行った帰りに、公園の広場で芸人のパントマイムを観た。見物客の輪ができていた。美術鑑賞の余韻を愉しんでいるふうでもあった。その芸人が若い女性で、しかも美人であったから、ルノアールか誰かの名画のモデルが、そこに現れたようにも思われた。それはイマジネーションの産物だが、それはいかにも上野公園にふさわしいパフォーマンスといえた。見物客には、子供連れの夫婦もいれば、老人もいる。ひとつの芸が終わると、拍手が沸き起こった。その拍手には、舞台の場合に見る、カーテンコールを思わせるものがあった。芸人が、宝石を撒き散らすように、キラキラした微笑を投げた。そこには、平和そのものの空間と時間があった。テロも戦争もない。そんな空間と時間が―。
見物客の誰もが、穏やかなひとときを過ごす。そんな風景のあることを、すっかり忘れていた。そのことに、改めて気付いた。そんなことがあって、大道芸というものを、意識して見るようになった。
最近、あちこちで大道芸を見かける。公園に限らず、駅前広場や日曜日の歩行者天国など、随分と盛んだ。若者のライブもある。楽器の演奏や歌を含めて、小規模の芸を披露するのを大道芸というのだろうが、一種のブームのようになっている。東京都が大道芸を認めたのは遅過ぎた感もあるが、大道芸が晴れて市民権を得たようで、ともかく喜ばしいことといえる。
 「大道芸」という言葉には、いささか古めかしい響きがある。現代風にいえば、「パフォーマンス」ということになるのだろうか。だが、「大道芸」という言葉が定着しているようである。今年一年を振り返るとき、風俗か芸能の分野に、「大道芸、盛んとなる」などと記されてもいいような気がする。
 大先輩のKさんに誘われ、郊外の小都市の市民祭を見に出かけた。そこでも広場の一画で大道芸が行なわれていた。その一つに「ガマの油売り」があった。今の若い世代には馴染みがないだろうが、昔は祭りの日などにはよくお目にかかったものとして、古い人には懐かしいものの一つだろう。Kさんなどは、その場を離れようとしない。飽きることなく、面白がっている。Kさんは、そこに愉しめる自分の居場所を見つけたようだった。
 年を取ると、誰もが自分の居場所を見つけようとするようだ。Kさんと東京競馬場の新スタンドを見学に出かけたとき、そのことを再確認した。スタンドといえば殺風景なイメージを抱きがちだが、新スタンドはまるで違う。吹き抜けのエントランスホールは、どこかの劇場を思わせる。上に上がると、広い通路には縁日さながらに、店が並んでいる。針金細工の職人が作る三輪車、歌舞伎絵風の似顔絵描き、射的、輪投げ、占い、どれも100円〜150円と格安。こうした店だけでなく、芸人もいて、パントマイムも見られた。
 フロアの北側のベランダには、テーブルと椅子があり、お茶を飲みながらの語らいもできる。池やヒマラヤ杉の風景を眺めながら、老人が寛げるコミュニティを想った。この場所こそ、まさにそうではないか。自治体も創らないコミニュティ。それを意外なところで発見した。馬券など、買うも買わぬも自由。それこそ「お気に召すままに」だ。年の暮れに、大道芸から老人のコミニュティまで考えた。あなたの年の暮れは、如何だろうか。

(宇曾裕三)

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