2002年(平成14年)8月10日号

No.188

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(19)

−夏の日の夢− 

 「この夏、登場したもの」といえば、何が挙げられるだろうか。政府の改革や法案にはもちろん、企業の新製品にも、思い浮かぶものもない。「ハテ?」と、考え込む人も多いに違いない。世の中を見回してみると、話題になった点では、競馬の新馬券(馬単、三連複)などは挙げてもいいような気がする。福島競馬での試験期間を経て、7月13日から全国展開となった。「たかが馬券」と思う人がいるかもしれないが、これが大間違い。たちまち競馬ファンの熱い支持を得てしまった。このところ減少傾向にあった売り上げも前年比を上回り、JRAにとっても近来にないヒット。新商品が人々の支持を得るには、それなりの理由があるが、今回の新馬券の場合、それは何だろうか。
 まず、実際の例を見てみよう。例えば、全国発売から3週間を迎えた7月28日の新潟競馬の場合。第1レースから3連複(着順を問わず1〜3着を当てる)で、27万560円の高配当が出た。100円が27万円になったのだから、ファンの度肝を抜いた。また、第5レースでは、馬単(1着と2着を着順通りに当てる)でも、14万2120円の高配当が出た。この日の新潟競馬で出た万馬券は合わせて12本で、うち3本が10万円を超えた。また、この日は小倉、函館を含めた3場合計で26本の万馬券(うち10万馬券は5本)、前日との2日間合計では万馬券49本(うち10万馬券は8本)。大いに湧き返った。新馬券ヒットの理由がここにある。
 親しい仲間ガ集まった雑談の席でも、やはり競馬の話題が出た。進行役は「夢を語り合う」というテーマ用意していたのだが、不況によるリストラや経済的不安を抱え、誰もが語れるほどの夢を持ち合わせていない。さらにいえば、仮に100万円を預金したとしても、1年間の利息が僅か10円という時代である。白けてしまいがちなその席で、先ほどの27万円の大穴が話題になったとしても、何の不思議もない。ついでに、その大穴を取った男の話を、少し紹介する。
 あのレースは2着と3着に人気薄が入ったために、3連複が大穴になったのだが、特に3着のポインセチアは18頭立ての16番人気。全くの無印だった。ところが、彼は眼を留めた。馬名にポインセチアという植物の名を付けた馬は珍しい。しかも、記憶に繋がる女性もいた。その蘇えった記憶の連鎖が、3連複を買わせた。これまで4戦して、いずれも着外。「せめて3着に入ってくれれば3連複の対象になる!」と、推理に願望を織り交ぜた。植物のポインセチアは冬に多く見かけ、今の季節のものではない。だが、馬のほうはささやかな願望に応えてくれた。競馬ではこのようなことが、しばしば起こり得る。
 彼の名誉のために、推理の根拠についても触れる。短距離向きの馬にとって、その日の1200メートルは距離短縮の好条件であること。馬の気分を集中させるために、初めてブリンカーを装着してきたこと。それらの効果を見込んだのは正解だった。単なる「心情馬券」ではない。だが、「心情」を抜きにしては、夏の日の夢は語れないのである。

(宇曾裕三)

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