1985年にスタートした東京国際映画祭の一部門、国際女性映画週間"映像が女性で輝くとき"は、今年第10回を迎えます。社会のあらゆる分野での女性の発言を望み、日本の女性監督の輩出を願って企画されたこのプログラムは、11月2日から7日までの6日間に、9カ国13本の世界の女性監督作品を上映いたします。そこで、9月10月の本映画紹介欄は、上記作品の中の何本かをとりあげることにしました。 |
![]() | 大竹 洋子 |
監督・脚本 アニエス・ヴァルダ
音楽 モーツアルト「クラリネット五重奏曲」
出演 ジャン・クロード・ドルオー、クレール・ドルオー、マリ=フランス・ボワイエほか
フランス/1965年作品/カラー/82分
いま世界では8000人の女性監督が活躍しているといわれている。ひとくちに女性監督といってもそのジャンルはさまざまで、8000人の内訳は定かではない。しかし、女性監督のトップ中のトップに位置するのが、フランスのアニエス・ヴァルダさんであることは確かである。
1926年、ヴァルダさんはギリシャ人と父とフランス人の母のあいだに生まれた。はじめは写真家としてその名を確立。岩波ホール総支配人の高野悦子さんも学んだパリの映画大学イデックで、写真の先生をしていたこともある。ヴァルダさんの数々の作品の中で、ジェラール・フィリップとその妻を撮った一枚の写真は、非常に有名で非常に美しい。
「幸福」はそのヴァルダさんの初期の代表作で、女性監督作品の原点といわれている。愛し合っている若い夫婦がいる。可愛い二人の子どもがいる。幸福を絵にかいたようなこの家族は、日曜日になると公園に出かけて昼食をとり、午後のひとときを楽しむ。ある夜、夫は愛人ができたと妻に打ち明けた。妻はだまってほほ笑んでいた。
次の日曜日、いつものように公園の木陰で情熱的な時間を過ごしたあと、午睡からさめた夫は妻の姿がみえないのに気がつく。人が集まっている方へ行ってみると、池に落ちて妻が死んでいた。事故だったのか、自殺したのか誰にもわからず、映画もなにも語らない。
それから数ヶ月がたち、また同じように公園でピクニックを楽しむ幸福そうなあの一家の姿があった。違っているのは死んだ妻に代って、愛人が子どもたちの母親になっていることだけだった。
1954年、26歳のヴァルダさんは「ラ・ポワント・クールト」で監督デビューした。ヌーベルバーグの先駈けと呼ばれる作品である。その後、ハンサムな青年監督で「シェルブールの雨傘」で知られるジャック・ドゥミと熱烈な恋をして結婚した。1990年、最愛の夫が白血病で命がわずかしかないとわかったとき、ヴァルダさんは夫を被写体に映画を撮りはじめた。撮る者と撮られる者は共にすぐれた映画監督である。この二人の共同作業によって生み出されたのが「ジャック・ドゥミの少年期」(91)だった。
だが「幸福」は、ヴァルダさんとドゥミが一番幸せだった頃の作品である。愛と呼ばれるものをえぐり出すように描いたこの残酷な映画が語るものはなにか。私の親しい友人は、「幸福」をみて、結婚するのをやめたという。それほどの力をもつ「幸福」は、女性たちの伝説となって今に生きている。
国際女性映画週間は、11月3日(月)を“パイオニアの顕彰”の日として、三つの作品を上映する。「アリス・ギイ特集」(世界ではじめて劇映画をつくったフランスの女性監督、アリス・ギイの短編9本を上映)、「シメオン」(仏領マルチニック島出身の黒人女性監督で、、「マルチニックの少年」のユーザン・パルシーがつくったミュージカル)、そして「幸福」である。
もう古典と呼ぶのがふさわしくなったこの「幸福」を、まだみていない人々に必見の名作としてお奨めする。ヴァルダさんは、はっきりとフェミニストである。そしてその作風は独特で、他の追随を許さない。とぎすまされた冷徹な感性と、傷つきやすい小鳥のように繊細な神経、少女のごときはにかみと闊達さ、それらが表現者としてのヴァルダさんの底にあり、その上にさまざまな形が構築されてゆく。
アニエス・ヴァルダさんは女性監督のパイオニアであって、現存の女性監督の、質量ともに第一人者である。
11月3日(月)PM6:30 シネセゾン渋谷で上映(03-3770-1721) |