ご存じ?国家総動員法
佐々木 叶

 あとの祭りか、空回りか、またも政府は、ドジを踏んでしまった。タイミングがズレると危機管理も、お笑いの醜態に一変する。その見本が、邦人救出の名でカンボジア近く(タイ)へ派遣され、何の役目も果さず帰ってきた自衛隊の輸送機だった。それも「総理のツルの一声」というから、橋本首相も、国際環視のなかで、男を落としたものだ。

 「危機管理」、いうはたやすい。が、戦争体験のない政治家や役人たちには、実感のない模擬試験の域を出ないのかもしれない。

 最近、やたらと周辺有事とか、ガイドライン見直しとか、果ては、後方支援の「民間協力」などと、まるで戦時体制の足固めみたいなことが、、取り沙汰されている。戦後半世紀余、どっぷり平和漬けの日本の周辺に、一体、どんな波風が立っている、というのか。そんな説明もなしに“寄らば大樹の蔭”とばかり、アメリカの世界戦略だけにスリ寄っている政府の姿は、なんだか“素人の火遊び”に似て危っかしい。

 とりわけ、有事の際の後方支援という名の「民間協力」は、いやな連想を呼び起こす。あの太平洋戦争中の国家総動員の発想にも、一脈通ずるからである。

 日中戦争のさなかの1938年、日本政府は、国会を無視して国家総動員法を強行した。人も物質も戦争にかり出し、民需も暮らしも圧殺、やがて日本は惨敗した。国土は空襲で焦土と化し、戦闘員(軍隊)三百万人、非戦闘員(国民)五十万人が死んだ。「後方」もまた戦場だった。

 そして日本は、いまなお近隣諸国から「歴史認識が足りない」と批判され、一方、勝者のアメリカには占領下さながらに頭が上がらない。ゼニ肥りだけの虚弱体質。あの大戦の教訓はどこへ行ったのか。日米安保もさることながら、民間を動員しての「後方支援」は、敗者の過剰サービスとしか思えない。動員体制など、“ぬるま湯”の日本には、どだい無理な話である。



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