「アジアの瞳」

大竹 洋子

ジョアォン・マリオ・グリロ監督
出演 ヨシ・笈田 梅野泰靖 原田清人 小杉勇二
特別出演 ジェラルディン・チャップリン
1996年ロカルノ国際映画祭正式参加作品
日本・ポルトガル合作/1996年作品/カラー/90分

 1663年、長崎の丘の上でキリスト教伝道師の中浦ジュリアンが殉死した。それより50年前、4人の少年がローマをめざして海を渡った。後に天正の少年使節と呼ばれた伊東マンショ、千々石ミゲル、原マチルノ、そして中浦ジュリアンである。

映画「アジアの瞳」

 この選ばれた少年たちの栄光は長くはつづかなかった。8年後に帰国した4人の前に待っていた厳しい禁教令は彼らの運命を残酷に変えた。マンショは絶望のうちに病死、マルチノは故国を捨ててマカオに去り、ミゲルは棄教して生き永らえる道を選択した。そして唯一人、現世での生を拒否して信仰を貫いたのが中浦ジュリアンだった。

 400年という時の流れをはさんで、映画は展開される。16世紀の長崎と現代の長崎、ドラマとドキュメンタリーの結合が行われる。ドラマは少年たちの運命を描き、現在の長崎はドキュメンタリーとして登場する。この部分では、EC(欧州連合)から派遣された女性ジェーンが進行役となって、両者をつないでゆく。

 ジェーン役のジェラルディン・チャップリン(チャーリー・チャップリンの娘)は欧米映画界の大スターで、以前からジョアォン・マリオ・グリロの作品に出演したかったのだという。38歳のポルトガルの中堅監督、グリロがめざすのは、世界中で何世紀にもわたって繰り返されてきた、イントレランス(不寛容)に対するのゆるぎない抵抗である。

映画「アジアの瞳」

 今は平穏な生活を送るミゲルは、長崎奉行の命を受けて、転教を説得しようとジュリアンを家に招く。座敷の隅には生後間もない幼な子(ミゲルの孫)が寝ている。ジュリアンは拷問のため既に失明している。この子は風邪を引いて熱があると、ミゲルは水をいれた盥を赤ん坊のかたわらに置き、襖の音をたてて部屋を出てゆく(ふりをする)。この水を使って、ジュリアンは幼な子に洗礼を授けるのだ。

 私はこのシーンが好きだ。ヨシ・笈田のジュリアンと、梅野泰靖のミゲル、名優たちの演技が、静かな緊張と束の間の安らぎを見事に表現する。

 低予算と少数のスタッフで作られた地味で真面目な映画、世界を風靡している荒々しい娯楽映画とは、あまりにかけ離れた作品ではあるが、穴吊りという最も過酷な刑が行われた事実も、私たちは目をそらさずに見つめよう。未だ止むことのないイントレランスなるがゆえの争いが、何であるかを考えるために、歴史の一頁である現代を誠実に生きるために。

9月19日より草月ホール、アテネ・フランセ文化センターでロードショー後、各地で順次上映
問い合わせ先 フィルム・クレッセント(03-3400-8801)

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