「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

大竹 洋子

篠田正浩監督
原作・阿久 悠
出演・長塚京三、岩下志麻、羽田美智子、永澤俊矢、吉川ひなの、鳥羽 潤ほか
日本/1996年作品/カラー/117分

 去年11月の1ヶ月間、神戸で大きな国際映画祭が行われた。映画が神戸に上陸して百年を記念するものだった。このときのオープニング作品が「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」だった。その前の年の1月17日、あの未曽有の大地震が神戸を襲っていた。その地で、敗戦直後と同じ焼け野原に、50年後,再び佇むことになる主人公と、その家族を描いたこの作品をみるのは、きわめて印象深いことだった。

映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

 篠田正浩監督は、阿久悠氏の自伝的小説「飢餓旅行」の映画化の準備中だった。戦争末期、淡路島に住む駐在の一家が、戦死した長男の遺骨を埋葬すべく、故郷の宮崎にむかうという話である。そのとき、地震が阪神一帯をゆるがしたのだ。すぐに神戸へ駆けつけた篠田監督は、迷うことなく作品のラストを神戸でしめくくる決心をした。こうして、戦中、戦後の日本人の暮らしと、その中で成長していった少年の物語は、単なるセンチメンタルジャーニーに終わることなく、日本の民衆と国家のあいだに常に横たわる矛盾を問うものにまでなったのである。

映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

 10歳の圭太は両親、次兄、妹の5人で汽車や船の旅をつづける。旅の途中には風変わりな人々との出会いがある。船上での巡回映画屋のエピソードには、かって映画少年だったであろう篠田氏の面目が躍如としている。次兄は少しぐれているが、孤児になった少女との初恋を体験する―。

映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」
映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

 母親役の岩下志麻がすばらしい。日頃は極道の妻を演じて啖呵を切っているが、ここでのきりっとしたモンペ姿の美しさは格別である。グレン・ミラー楽団のヒット曲「ムーンライト・セレナーデ」にのってストーリーは進む。音楽が時代と分かちがたく結びついていることにも思いが至る。

映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

 「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」は篠田監督のまさしく代表作である。その作品に、いくらカンヌでグランプリをとったからといって、「うなぎ」を急遽加えての2本立上映というのが、私には腑におちない。

映画「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」

7月4日まで松竹系各館で上映。

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