「ヴィルコの娘たち」

大竹 洋子

アンジェイ・ワイダ監督
ポーランド・フランス合作/1979年作品
118分/カラー/ヴィスタサイズ
1979年グダニスク映画祭特別賞
1980年アメリカ・アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

 アンジェイ・ワイダ監督作品には二つの流れがある。政治的なメッセージを託した作品と、純粋に叙情的な文芸作品。「ヴィルコの娘たち」は後者の典型である。

 1930年の夏。病をえた青年ヴィクトルは、15年ぶりに地方の農園に住む伯父夫婦を訪ねる。そこには第一次大戦前と同じままの生活があり、"ヴィルコ"と呼ばれる隣家の大きな屋敷の食卓には、まるで昨日のつづきの今日のように6人の姉妹が座っていた。しかし本当に昔と同じなのだろうか。人間の記憶と心はこんなにも遠く離れるものなのだろうか。ヴィクトルはいったい誰を愛し、姉妹の中の誰が彼を愛していたのだろうか。

 田園の夕暮れ、渡し舟、狩り、馬の遠乗り、お茶の時間、昼寝、蓄音機の音色、パラソル、ろうそくの光......。だがヴィクトルは、すべてが決して帰ることのない過去であることに気付いている。そして姉妹たちは、彼よりもっとつらい人生を体験していたのだ。

映画「ヴィルコの娘たち」
岩波ホールで上映中。 (03-3262-5252)

 死生観にまでおよぶ主人公たちの人生の悲しみと苦しみを、ワイダ監督は淡々と描く。「大理石の男」(77)で政治的論争をまきおこした彼は、政府のきびしい検閲をくぐり抜けるために、この文芸作品を選んだという。原作者のイヴァシキェヴィッチが、愛や死や無情といった人間の内面性をテーマとし、ポーランドの近代文学が宿命的にかかえている政治性とは無縁の作家だからである。

 「ヴィルコの娘たち」は、ヨーロッパやアメリカで大成功を収めたが、とりわけポーランドの観客には大切な作品だった。このよき時代を知っている観客たちと映画とは、非常に細い一本の糸でつながれていて、共に過ぎ去った楽しい子どもの頃をいとおしみ、永遠に失われたものを取り戻そうとする。これをスクリーンを通して伝えたワイダ監督の力量は見事のひとことに尽きよう。

 ダニエル・オルブリフスキを始め、出演俳優がすばらしい。そして岩波ホールは、これで12本目のワイダ作品を上映することになる。


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