心のおもむくままに

大竹 洋子

クリスティーナ・コメンチーニ監督
イタリア・フランス・ドイツ合作/1995年作品
107分/カラー/ヴィスタサイズ/イタリア語版
配給:エースピクチャーズ、日本ヘラルド映画

 「心のおもむくままに」は祖母、母、娘、三代の女性の物語である。舞台はイタリアの町トリエスタ。風の吹き荒れる午後、洗濯物がはためく庭で、一人の老女が崩れ落ちるように死んだ。かたわらには愛犬ブックがうずくまっていた。

映画「心のおもむくままに」

 こんな出だしで映画は始まる。風が乱暴に通り抜けていった室内のたたずまいを、カメラが丁寧に追ってゆく。祖母の急をきいてこの家に帰ってきた孫娘のマルタは、ブックがくわえてきた一冊のノートが、祖母オルガが自分にあてた遺書であることを知る。長い長い手紙。そこには、これまで誰にも語ることのなかったオルガの若き日の愛が書き記されていた。こうしてマルタの亡き母イラリアの出生の秘密がときあかされてゆく。

 裕福だがあまり幸せでない家庭に育ったオルガは、両親が望んだ男と結婚する。しかし結婚式の夜、自分の目をみない夫に漠然とした不満をいだいたオルガの気持ちは、ずっと変わることがなかった。そしてある日めぐりあった本当の愛。オルガはみごもりイラリアが生まれた──。

 映画には同名の原作がある。作者は女性作家のスザンナ・タマーロ。イタリアの戦後出版史上、ベストセラーの第1位になった小説で、日本でも翻訳本が出ている。幼い頃から祖母に育てられたタマーロの、自伝的色彩のこい原作を映画化した女性監督クリスティーナ・コメンチーニは、「ブーベの恋人」や「天使の詩」で知られるルイジ・コメンチーニの娘である。イタリアには「愛の嵐」のリリアーナ・カヴァーニを始め、よい女性監督が多い。

 誠実な作法なので、年代記としてはやや盛り上がりに欠けるが、見る者の心を落ち着かせ優しくさせるのは、年齢も感性もよく似た原作者と監督が協力し、同じ視線で作り上げているからであろう。オルガは強く生きたからこそ、「道に迷ったらじっくり待って、心の声をききなさい。そして心のおもむくままに生きてゆくがよい」と孫娘に書き残し、それが私たち女性を励ますものなのだという思いで、私は目頭を熱くした。



映画「心のおもむくままに」 映画「心のおもむくままに」
 
6月6日(金)まで、シネスイッチ銀座で上映(03-3561-0707)

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