
祝 祭
イム・グォンテク監督
韓国/1996年作品/102分/カラー
ヴィスタサイズ/シネカノン配給
彼が扮する人気作家の老いた母が、ふるさとの小さな漁村で死に、葬儀が盛大に執り行われることになる。韓国では、一体、どんなふうにお葬式が行われるのだろうか。その一部始終が丹念に描かれていく。国内では、あまりに韓国的で土俗的にすぎるという戸惑いの声もあったが、各国での上映は驚きと共感をもって迎えられ、大成功をおさめたそうである。ナショナルであることがインターナショナルであることのよい例であろう。
画面に繰り広げられるのは人間の葛藤であり、家族の愛や悲しみや損得勘定であり、韓国人特有の喧噪の世界である。イム監督は、それら一人一人の取り返しのつかない思いを、暖かいまなざしで救ってゆく。酒に酔い、騒ぎに乗じて博打に興じる人々がいる。一族からつまはじきされる水商売ふうの若い女性が、かつてこの家を破産に追いこんだ長男の娘であることが判ってくる。今は流行作家になった末息子の主人公が、その家を再興したのだ。
こういう猥雑な人間悲喜劇の一方に、作家の一人娘でイノセントな少女の存在がある。「おばあちゃんは、私が住まれたときから自分の知恵を少しずつ私に分けてくれました。そしてその分だんだん小さくなってゆき、赤ちゃんになってとうとう死んでしまいましたが、また生まれ変わるのです。」と少女は作文に綴る。そこで描かれる風景は風のように清らかで、花のように美しい。別の場面ではいさかいを起こしている作家夫婦も、理想的な両親として登場する。
祖国を愛し、その伝統を重んじ、そこに暮らす人々の善性を信じるイム監督の面目躍如たる作品といえよう。お葬式は、死者と残された者たちとの一世一代の祝祭である、とする監督の意図は見事にスクリーンに焼き付けられ、、そこに溢れる人間讃歌は感動的である。アン・ソンギの好演と共に、イム監督の前作「風の丘を越えて」でパンソリの旅芸人を演じたオ・ジョンヘが、長男の娘役としてよい演技をみせている。
