「アルテミシア」

大竹 洋子

監督・脚本 アニエス・メルレ
音   楽 クリシュナ・レヴィ
撮   影 ブノワ・デロム
美   術 アントネッロ・ジェレング
製   作 パトリス・アダッド
提   供 日本ビクター、エースピクチャーズ
配   給 エースピクチャーズ
出   演 ヴァレンティナ・チェルヴィ、ミシェル・セロー、
 ミキ・マノイロヴィチほか

1997年/フランス・イタリア合作/ビスタビジョン/101分

 アルテミシア、世界の美術史にはじめてその名があらわれたイタリアの女性画家である。1593年ローマに生まれ、1653年ナポリで没した。絵画という芸術分野が男性だけのものであったバロック美術時代に、強固な意志と天賦の才能に導かれて、終生画家の道を歩きつづけた一人の女性の物語である。

 監督のアニエス・メルレは、オルレアンの美術学校とパリ高等映画学院(イデック)で学んだ、フランスの新進女性監督である。美校の美術史の授業で、メルレはアルテミシアが描いた「ユーディットとホロフェルネス」をみた。絵画史上くり返しくり返し描きつづけられているテーマが、全く違うイメージで彼女に迫ってきたとき、メルレはアルテミシアの生涯に強い関心をもったという。即ち絵の中にはじめて取り入れられた女性の視点であり、作品にはじめて記された女性画家のサインであり、下女に手伝わせて冷静に男の首を斬るユーディットがアルテミシア自身であることに気づいたメルレは、アルテミシアに惹きつけられてやまなくなったのである。

 1610年、17歳のアルテミシアはローマの修道院に預けられていた。若い娘は結婚するまでは修道院で生活するのが、当時の習慣だった。礼拝が終わった堂内で、アルテミシアは一本のろうそくを盗む。そして自室に戻るや、そのろうそくに火をともし、鏡に自らの裸身をうつしてデッサンをする。彼女の才能に驚いた修道院長は画家である父を呼んで、アルテミシアに絵の勉強をさせるようにと勧める。こうしてアルテミシアは、晴れて父の助手として画家への道を踏み出した。この導入部は生半でないアルテミシアの画才をスピーディーに明快に示し、非常に迫力がある。

 さてそんなある日、父、オラーツィオ・ジェンティレスキの共同制作者として、フィレンツェから若い有能な画家のアゴスティーノ・タッシがやってきた。向学心と好奇心が旺盛なアルテミシアは、弟子にしてくれとタッシに頼む。タッシはすでに遠近法を身につけていた。宮廷宗教画の全盛期である。女性がアカデミーに入会することも、男性の裸体を描くことも許されなかったそういう時代に、アルテミシアは果敢に難関を突破してゆく。やがてアルテミシアとタッシは愛し合うようになり、噂はすぐに巷間にあふれた。しかし、フィレンツェに妻がいるタッシは、彼女と結婚することができない。自分と娘の名誉を護るために、父は強姦の訴状を提出した。そしてレイプ裁判がはじまる――。

 画面全体が光と影にあやつられたように美しく、綿密な時代考証にもとづいた17世紀のバッロク美術が再現されると、それだけでこの世界が充分に堪能できる。アルテミシアはイタリアの新人女優ヴァレンティナ・チェルヴィ、父はフランスの名優ミシェル・セロー、そしてタッシは旧ユーゴ出身のミキ・マノイロヴィチが演じる。「パパは、出張中!」や「アンダーグラウンド」に出演した俳優である。結局、タッシは強姦罪を認めて懲役刑となり、アルテミシアにはもはや絵の道が残されるばかりだった。父に別れを告げローマを後にしたアルテミシアは、二度とタッシに会うことはなかったという。映画はここで終わる。

 アルテミシアはフィレンツェやナポリで成功し、名声も富も得た。しかしやがて彼女の名は埋もれてしまい、その復権には400年近い歳月が必要だった。ローマを去ってからの彼女の人生のほうが、私にはより興味深く思われる。この映画に描かれたのは、ほんの序の口ではないだろうか。その後のアルテミシアの人生をこそ私は知りたいと思う。実力がありながら、女性であるがゆえに受けた差別について知りたいと願う。

 彼女の作品なのに、別の男性画家のサインが入った絵があるときいて、私はフランスの女性監督アリス・ギイを思った。アリス・ギイは、1896年に世界で最初に劇映画をつくった女性だが、その名は映画史から抹殺された。800本近い作品を残しながら、助監督の男性の名前で発表されたものもあった。1970年代の後半に入って続々と登場してきた女性監督たちに、いま取り上げてもらいたいテーマは山程ある。「アルテミシア」は、まさにそのような作品であった。ただ、スタート時のわくわくするようなヒロインの個性が、恋することで簡単に失われてしまったような気がして、とても魅力的な作品なのに、それが少し残念である。

渋谷Bunkamura ル・シネマで初夏に上映予定。
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