| 大竹 洋子 |
| 原作・監督 | 謝晋 |
| 脚本 | 朱蘇進、倪震、宗福先、麦天樞 |
| 撮影 | 邵咏 |
| 美術 | 邵瑞剛 |
| 音楽 | 金復載、黄漢琪 |
| 出演 | 蘚民、鮑国安、劉仲元、林連昆、郎雄、高遠 ボブ・ペック、サイモン・ウィリアムス、 デボラ・ビューモントほか |
岩波ホールで上映中の中国映画，謝晋監督の「阿片戦争」が大きな評判になっている。中国近代史の幕開けとなった清国とイギリスの戦い。これに敗れ、香港を植民地として奪われることになった経緯が、どちらの国の側に偏することなく正攻法で描かれる。
謝晋さんは中国を代表するベテラン監督で、日本では「芙蓉鎮」(87)と「乳泉村の子」(91)がよく知られている。謝晋さんは庶民の日常の哀歓を、嫋々として描くのが得意である。文化大革命の波に翻弄される男女のひそやかな恋、中国の大地に置き去りにされた日本人残留孤児の少年が歩いた苦難の道、いずれも観客は押さえきれない涙を流した。しかし非現実的なメロドラマや母もの映画ではない。中国の歴史と国民性をふまえ、それを背景に市井の人々のささやかな暮しに光をあてつつ、どんなにつらくても人は生きてゆかなければならないと、心をこめて説得するのだ。「芙蓉鎮」で当局に連れてゆかれる夫が、「ブタになっても生きろ」と妻に叫んだシーンは、今も忘れられない。謝晋さん自身，文革で家族と別れ、自らも聴覚を失った。
だが、今回の「阿片戦争」はそれらの作品とは全く趣を異にしている。これは大勢のスタッフと共に最新で膨大な資料を分析し、事実に真正面から取り組んで完成させた歴史大作である。真実を追究することによって、来るべき新しい時代の教訓にしようとする願いがこめられた作品なのである。昨年7月1日の香港返還をみこんだ、中国政府のプロパガンダ映画だろうと、謝晋さんを誹謗する人々がいた。謝晋さんの怒りは大きかった。そうならないように、謝晋さんは政府の申し出を断って、全製作資金1億元(日本円で14億円)を民間から調達したのに、映画を見ずにそのようなことをいう人は、日本のジャーナリズムの中にもいたという。
清の道光皇帝(1821-1850)の時代。イギリス商人が清国にもちこむアヘンは年間1800ﾄﾝに達し、清朝は国家収入の4分の3にあたる3000万両の銀を流出していた。これでは国家がたちゆかなくなる。皇帝はアヘン禁止令を発布、地方の総督だった林則徐（りん・そくじょ）を全権大使に任命して、アヘンの一掃にのり出した――。結末からいえばこれは失敗に終わり、林則徐は最果ての地に流され、イギリスは戦勝の代価として香港島を譲り受ける。こうして香港は150年に及ぶイギリスの植民地となったのである。
謝晋さんがとりわけ強調したかったのは次の二点である。イギリスではアヘンを吸う者は死刑を科せられるほどの重罪だった。それなのにアヘンを商品といい、この戦いを貿易摩擦によるものと記録したこと、そして大清帝国の役人たちがいかに腐敗し、汚職にまみれていたかということ。林則徐は押収した2万箱以上のアヘンを廃棄した。塩と石灰で中和されたアヘンは、人工池の中でどす黒い水となって海に流れてゆく。この場面は圧巻というほかない。そしてこれを口実に、イギリスは清国への宣戦を布告した。ヴィクトリア女王の登場である。
イギリス海軍の攻撃が始まる。清の軍隊は死にもの狂いで戦った。しかし、イギリスの近代兵器の前にはなす術がなかった。清国自慢の大砲が、海上のイギリス艦に届かなかったのである。やはり今、上映中の「セブン・イヤーズ・イン・チベット」を見て、私は思う。1950年、中華人民共和国の人民解放軍はチベットを侵略、チベット軍も勇敢に立ち向かったが、武器の格差はあまりに大きく敗退する。かって力の差で敗れた者が、100年後に力のない者を征服しようとする。歴史とはこういうものなのか。
「われわれが自由になる唯一の道は、教養を身につけることである」といったのは、キューバ独立の父、ホセ・マルティである。教養というのは、最高の学府で教育を受けることでは無論ない。真実を知ること、そして品性を身につけることだと私は解釈している。阿片戦争に敗れた中国は、以後屈辱の歳月を送ることになる。日本はこの中国の失敗を他山の石として近代化を進め、明治維新を成立させた。だが26年後には清国に進攻、ここに日中間の長く不幸な歴史が始まった。
映画「阿片戦争」は、歴史を身近なものとしてとらえ、あらためてその是非を考え直すよい機会を与えてくれる。林則徐を演じる俳優の立派なこと、当時の宮廷の様子、役人はこんなふうにお辞儀をし、こんな衣服を着用していたのか。アヘンはこんな形をしていて、銀はこんなふうに箱に並べられていたのか等々、ほかにも尽きない興味の対象が沢山出てきて、これはやはり必見の名作である。
