走れ江ノ電、颯爽と
湘南 次郎
江ノ電の歴史は古く、明治35年(1902)の開業、藤沢→江の島から極楽寺、鎌倉(小町)へと順次に延伸し、全線開通は同43年(1910)、日本6番目の電気鉄道で、全長10.27kmに40駅(現在は15駅の12分間隔)あった。約250mに一つあったことになる。よほど沿線の人たちに考慮したのであろうか。単線であるから交換ダイヤもたいへんだったろう。トイレに下り、また追いかけて飛び乗ったとか、沿線の女性と車掌さんが仲良くなり恋愛結婚したとか。交換待ちと停車でノロノロ運転はやむをえなかった。
大正12年(1923)9月1日午前11時58分相模湾沖を震源とする関東大地震に沿線を走る江ノ電は、地震、津波をもろに受け消失した。しかし、不死身、作業員は、余震をものともせず昼夜兼行の作業で、9月26日には、みごと復旧したという歴史を持っている。鉄道マンの面目躍如だ。のんびりした鉄道ばかりではなかった。
拙宅は湘南海岸を走る小さな電車として若者に親しまれている江ノ電沿線七里ガ浜駅より徒歩10分ほど坂を上がったところで、1,300戸ほどの大きい分譲地内にある。海抜35mほど、津波の心配はない。江ノ電は、通勤していたとき、買い物、会合など外出にはいつもお世話になっている。では、どちらを向いているのが「上り」か「下り」か?これは、東海道本線藤沢駅より横須賀線鎌倉駅方面が「下り」である。面白いのは「路面電車」の部類なのである。それは、江の島駅と腰越駅間の商店街の路面を300mほどはしる。自動車は脇によけ、途中の道路、交差点は電車優先、必ず青になる。
老生が東京より引っ越してきた昭和51年(1976)ごろ、早朝出勤に利用する江ノ電は、極楽寺車庫より2両連結の車両が出て来るが、当時としてはもっとも古い車両だ。床は板張り、座席と背もたれの動きがちがう。ときに天井から雨漏りがするというオンボロだった。もちろんエアコンなどあるわけはない。当時は乗客も少なく海風で涼しかった。
12分毎で全線に交換が5か所ある単線だ。片道の電車が通り過ぎると交換のポイントでレールの動きか変わる。絶対上り下りは正面衝突しないようにできている。老生のひ孫に稲村ケ崎の交換ポイントの自動を横の路から見せてやると列車の通過交換が6分毎に動くので興味津々、動かなくなる。
昭和38年(1902)の大ヒットした三船敏郎、仲代達矢出演、黒沢明監督の「天国と地獄」のシーンの中で犯人よりの脅迫電話の中の雑音を捉え、その音が、ほかでは使っていない江ノ電の旧式のポールの音と判り、江ノ電鎌倉高校前近くの団地内殺人事件が判明する。当時パンタグラフでなく、ポールの先に車を着けて架線から電気を取っていたのであって車掌が分岐点のところでは紐で操作する。都電もかつては使っていたがもう知る人もすくなくなった。また、江ノ電はきついカーブが多いので連結部分に工夫がある。面白いので掲載の写真をご覧ください。
七里ヶ浜の沿線には、老生が移って来た昭和51年ころは大きなゴルフ練習場、ショートホール、プールと古色蒼然とした品のいい「七里ガ浜ホテル」が沿線の海辺にあって、板張りの床をきしませながらダイニングルームへ、海をながめながらの食事は安くて味は絶品であった。惜しくも間もなくホテルは取り壊され、跡には老生の孫も通った県立七里ガ浜高校が建つ。ショートホールは鎌倉プリンスホテルになる。
勤めが東京杉並であったので朝も早いが、帰りは、いつも夜になる。稲村ケ崎を過ぎると車窓から暗闇の海岸が見えて来る。小さなあかりが、ぽつぽつうごいている。カンテラを下げてうなぎの稚魚、シラスウナギを採る漁師で冬から春先の風物詩であった。また、夏の赤潮が出るころ夜光虫で寄せる波が一直線にサーッと青光りする。不気味だが、神秘的で美しかった。
観光地としての鎌倉駅周辺はいつも混雑しているが、江ノ電鎌倉高校前駅に近く、中国人観光客で混雑している踏切がある。週刊少年ジャンプ連載、日本の漫画スラムダンク(老生は知らぬ)が中国で大受けになり、ここの場所が出ていたのを中国の若い連中が聖地巡礼のスポットとして宣伝したらしい。観光バスまで来て大挙押し寄せる。閉鎖されたが、そばの高校の体育館まで入って来たそうだ。お定まりの混雑に加え、マナーが悪く危険この上ない。警備員が出る始末だ。
そんな江ノ電も昭和40年代には経営難で廃線の憂き目にあう。まだ、それほど交通渋滞がなく、バス全盛時代になった。しかし、ときはバブルを迎え沿線に大手の電鉄の不動産会社が、沿線各地を開発、分譲地の発売が始まり、日常の乗降客も徐々に増え、加えて大ヒットの連載のテレビ「おれたちの朝」や「新日本紀行」により一躍脚光をあび、運賃値上げもあり、なんとか盛り返すことができ、現在は遜色のない近代的な車両で運行している。むしろ生活の足として使うには混雑して迷惑するほどになったが、12分間隔、4両連結で、駅の長さが限られ増結は無理、単線の弱みで増便も無理。土曜、休日の遅延が当たり前になっている。高齢者には迷惑千万、おまけに当地は景色が良くても起伏も多く不便でそろそろ都落ちならず、都帰りの人がでて来ている始末だ。
今日も、はるかに伊豆大島や、江の島をのぞみ、混雑渋滞で有名な国道134号線を横目で見ながら、百年余りの歴史をもって風光明媚な湘南海岸を満員の乗客を乗せて颯爽と江ノ電は走る。
