銀座一丁目新聞

安全地帯(574)

信濃 太郎

権現山物語
先輩後藤四郎さんを偲ぶ

陸士の先輩には傑物が少なくない。此処に紹介する軍人もその一人である。終戦時の昭和20年7月、佐倉で編成された歩兵321連隊の連隊長、後藤四郎さん(陸士41期・陸軍中佐)が毎日新聞から「へんこつ隊長物語」を出版されてから知己を得た。その行動は破天荒であった。彼のモットー「敬神・努力・浮気・楽天」は50歳を過ぎた私に大きな影響を与えた。終戦時、軍旗奉焼の命令が出されたが後藤中佐はこれを拒否して隠匿した。そのため321連隊の軍旗だけが全歩兵の連隊旗としては唯一残された。現在その軍旗は靖国神社の遊就館に保管・展示されている。後藤さんをかこんで毎年4月3日に「みはた会」が開かれている。その会は後藤さんが平成17年1月97歳で亡くなられ後も続けられている。

平成8年の「みはた会」(47回・4月3日・靖国神社・九段会館)を見てみる。その遺徳をしのんで当時の部下たちと戦後、後藤さんと知己を得た人々30人が集まった。

正午に九段の靖国会館前に集合し、歩兵321連隊旗を当時見習士官であった百留次雄さん(札幌在住)が奉じて靖国神社拝殿まで行進、参拝する。終わって軍旗を中心に記念撮影をする。撮影者は伊室一義さん(陸士61期・「写真でつづる後籐四郎さんの軌跡」の著者)。午後1時から九段会館で会食に移る。こもごも後藤さんの思い出話をする。広島市東方の原村演習場に駐屯した321連隊は原爆が広島に投下された翌日から1週間、遺体処理、焼け跡の整理にあたる。このため広島に出動した全員が原爆被爆手帳を持っている。学徒出陣の田中幸作さん(東京・世田谷区在住)は「遺体を数知れず焼きました。2500体を超えるでしょう。あの寺にはまだ骨が残っているでしょう」という。そういえば後藤さんから「連隊長として現場で指揮した私が証人になったおかげで、なかなか下りなかった原爆手帳が原爆被害の女性にすぐ交付された」という話を聞いた。

後藤さんを囲むゴルフ会の幹事を務めた梶川和男さん(陸士59期・船舶)は「後藤さんは満80歳の時(昭和62年)171回ゴルフをしております」とその一覧表を披露した。ほとんど90台のスコアには感心する。後藤さんの熊本幼年学校の後輩、小松峯生さん(熊幼48期)が面白い話をした。ある時後藤さんの話をすると、お母さんの喜久子さん(99歳で健在)が「あの“まな板の人"」といったという。小松さんの父親周策さん(故人)は陸士34期期生で小倉にあった野戦重砲6連隊にいた。後藤さんも小倉歩兵14連隊におり、将校官舎が近くであった。当時後藤少尉の家の表札はまな板に「後藤四郎」と大きく書かれ評判となっていたというのだ。

私は後藤さんが出した「へんこつ隊長物語」を読み返してみた。関東軍一の不良中隊を「これなら教育」で精鋭中隊に生まれ変わらせる話に今更のように感心した。一日些細なことでもよいから善行を施すという話だ。手元にある「これなら」を見ると「路端に遊んでいる子供の頭をなで通った」「道で葬式に出会った、丁寧に帽子を取り心から弔った」まことに「これなら」簡単だ。「一日一善」は心を安らかにさせるから案外長生きの秘訣かもしれない。 次に平成30年4月3日東京の「アルカデア市ヶ谷」で開かれた「みはた会」を紹介する。後藤四郎さんがなくなって13年もたつ。万年幹事の石松勝さんも昨年なくなった。幹事が伊室一義さん(陸士61期)にバトンタッチされる。この日の出席者は8名。これまで毎年、321連隊のゆかりの人たちが「みはた会」と名付けて集まり、昔を偲び、いまを生きる糧を得て今日まで回を重ねてきた。後藤四郎さんの甥の森田康介さん(防大2期)と夫人淑子さんが元気な顔を見せた。森田さんは航空に進まれて「生き残っているのは私だけとなりました」という。健康談義に話が咲く。 梶川和男君が乾杯の音頭を取る。後藤さんが戦後建築材料「ベストン」を扱っていた時代の思い出話。横須賀防衛協会会長・防大協力会副会長小山満之助さん(陸士60期)が防大の卒業生の話をする。ことしの卒業生は474名(女性40名)。任官拒否が38名であった。今回初めて来賓としてコロンビア大学教授ジェラルド・カーティス氏が祝辞を述べたという。防大生の日常生活の話題もあって話は面白かった。話のはずみで利島雄之助さんが「戦争はしていけないものなのか」という疑問を出した。私は答えた。「戦争はやらなければこしたことはないがどうしてもやらねばならないこともある」。日本は集団的自衛権行使を認めたといえ制限がつく。千変万化に変化する戦場で設けられた枠の中で戦争が出来るものではない。現場の指揮官が判断するほかない。指揮官が責任を以て任務を遂行するほかない。利島さんはぽつりと「国を守る気概のない国は滅びますよ」とつぶやく。写真撮影のためによくアフリカに行っている伊室さんが発言する。「ほとんどの国が外国の植民地であったアフリカの国民を見ているといかにして要領よく生きることしか考えていないように見える。日本もそうならなければよいが…」。及川光代さんが推奨する羽根章夫著「スマホを捨てよ、街へ出よう」(ユーフォーブック刊)をみんなにプレゼントする。一期一会の会は 来年も4月3日に開く。