銀座一丁目新聞

花ある風景(653)

川井孝輔

七つの絶景めぐり

えらく大仰に欲張った観光案内の、バスツアーに申し込みをしていた。その10月17~18日が、思いもよらぬ梅雨のような重苦しい日々になって来た。観念して、今回に限っては期待外れと、諦めて居たのだったが何となんと。遥々6時間ほどを掛けて現地に到達したころには、略ぼ雨は止み、時には晴れ間が出てきたではないか。日頃7割の晴れ男を自任して居たのだが、今回で8割方の晴れ男に昇進した感じで、人様にも自慢が出来そうだ。前置きはさて置き、見学順に従って紀行を紹介したい。

中央道を走り、諏訪湖のサービスエリアで一服する。最初の目的地「巴淵」に着いたのは、松戸を7 時に出てから6時間ほど経った頃だ。かの巴御前に所縁ある旧跡だが、案内書によれば、エメラルド・グリーンの清流だとある。雨後のせいか、どう見ても、アドリア海で見たエメラルドの感動は湧いてこない。立派な案内板によれば、修羅場物の謡曲「巴」として知られて居り、女性を主人公とした唯一の作品の由。木曽義仲と巴御前の事はよく知られるところだが、彼女が少女時代にこの淵で泳ぎ、野山を駆け巡ったと云う故事が有るのだ。その淵をのぞき込んで見たが、残念乍らエメラルド・グリーンの清流に遊ぶ彼女の姿は、浮かんでこなかった。

我が祖先にもその名が有るだけに、何かしら親しみの湧く「権兵衛トンネル」は、冬季にしばしば交通止めになる権兵衛峠に替えて、2006年に開通した高規格トンネル(4467m)である。片側に一段高く歩道が設けられ、伊那と木曽を難なく結ぶ貴重なものと見た。中央高速を降りて此処を抜けると木曽川沿いの国道19号に出る。南下すれば有名な「寝覚めの床」が見える筈だが、途中を西北に右折して第2の目的地「九蔵峠」(1280)に到る。此処は文句なしに「御嶽山」を遠望するビューポイント。「開田高原・展望台」とあり、遮るもののない正に絶景が眺望できた。御嶽山と云っても連峰で雲の中、左から継母岳・主峰の剣ケ峰(3067)・摩利支天岳と続き、見えているのが継子岳(2859)である。

バスは、山道を右に左に曲がり乍ら走る。何処をどう走ったか分からないが第3の目的地「尾ノ島渓流」の入口に着く。山裾をかなり下り、苦労しながら渓流にたどり着いたが、これは見事なもので、秘境の清流に幻想的な青苔が映えるとの謳い文句が満更でもない。奥入瀬の渓流が気に入って居るのだが、流量があって迫力を感じさせる此の渓流は、其れに勝るとも劣らない。

第4の目的地「油木美林」に向かう。途中の「倉越パノラマライン」では、車窓から御嶽山を堪能することが出来て心地良い。油木美林とは初めて聞く名前でこれに惹かれての参加だったが、最初に申し込んだ時には山崩れで取り止めとなり、今回迄待つことになった曰く付きの処である。駐車場から下ってゆくと、暫くの間こそウッド・チップが撒かれて歩き易かったが、進むにつれて険しくなり、夕暮れ近く而も、雨で被害を受けた場所だけに滑りやすくて油断出来ない。苔生す石の階段には、万全の注意を払いながらの歩みで苦労した。お目当ては昔から姿が変わらぬと言われる「不易の滝」と案内され、少々無理を押して脚を運んだのだった。だが、既に三っつの観光を経た最後とあっては、折角の陽も暮れてきた。何とか滝をカメラに収めはしたものの無残な姿だ。到底ご披露する出来映えではなく、残念乍ら割愛した。此処の油木美林とは、御嶽山の四合目付近に広がる太古の森で、健脚の観光者には良きハイキングコースになって居る。人工的に木曽ヒノキを植林し既に300年の樹齢を数えるとあり、「油木沢ヒノキ植物群落保護林」の看板がある。だが木曽のヒノキは更に奥深い処に展開するのだろうか。残念乍ら見える範囲で、感嘆するほどの美林にはお目に掛からなかった。

宿は、標高1200mの御嶽ゴルフ&リゾートホテル。日本でも有数な高処に在るゴルフ場ではなかろうか。翌朝の散歩時にコースを覗くと、地元からだという二人連れが、楽しげにプレイを始めて居た。当方は昨日に続く、ツアー日和に恵まれての出発となる。

諏訪ICまでは昨日のコースを逆行して、第5の目的地「白駒池」へ向かう。標高2127mの麦草峠を少し超えた、八ヶ岳中信高原国立公園・白駒池の駐車場で下車する。現役の時代新潟支店に勤務し、長野はその管轄下に在ったので、此の地区には何度か来たことがあって懐かしい。池の周遊も2度目だが、幸か不幸か記憶力減退のお蔭で、新たな挑戦の気持ちになる。配布のチラシを見ると、池周辺の魅力について、

勇んで周遊を始めたのだが、仲間に遅れぬように歩くのが精一杯だった。苔をゆっくり観察する余裕もなく、横目で睨みながらの周遊に終わてしまった。昔はこんな筈では無かったが、と云うのはまさに弁解に過ぎないだろう。

蓼科の女神湖には私的に何回か滞在し、特に白樺湖間の街道沿いに在る、カラマツ林の風景には魅せられた良い思い出がある。それにしては、第6の目的地「蓼科大滝」にはご縁が無かった。其処を目指した歩き始めの山道は、一面落葉に覆われて真に風情があった。このような情景を見ると、如何にも山に来たという気持ちが湧いて、嬉しくなる。更に進むと意外にも原生林的な容貌が見えてきた。白駒湖ではゆっくりと鑑賞できなかったコケも、結構見られて、白駒池での借りを此処で返せた感じがして良かった。尤も大滝そのものは、その名に似合わずに小ぶりなのが残念だが、環境は申し分なく、落ち着いた雰囲気で、山歩きを十分に堪能出来た。

最後の目的地は「おしどり隠しの滝」。明治温泉の看板が見える駐車場にて下車。此処は横谷峡谷の入口にあたり、渓流沿いに下ると横谷観音・横谷温泉・霜降りの滝等が在って、絶好のハイキングコースになって居るようだ。だが我々は、逆の方向に在る「おしどり隠しの滝」探訪である。追われる身のおしどり夫婦が此処に隠れて難を逃れたとか、おしどり夫婦が近所に住んで居たからとか、説が有るようだがそれは其れ。下り始めるとすぐ、遠くに目的の滝が見えた。滝の近く迄は通常の小径で、さして苦にならずに到達出来る。だがシャッター・ポイントが中々見つからない。渓流の中に在る巨石からでないと、滝の全容を掴めないようなのだ。年甲斐もなく、人手を借りて渓流を飛び越えたが、後で考えると無謀だったと反省している。それでも、思った構図の写真が撮れて満足はした。周辺を散策する途中に、「マイナスイオン指数15,000個/CC」の看板を見た。空気が清浄だとのあかしらしいが、なんとなく常にない気分の爽快さを、味わう事が出来たのだった。