銀座一丁目新聞

安全地帯(542)

信濃 太郎

「権現山物語」

権現山には依田英房翁の建立した「遥拝所跡」碑のほか「依田英房翁顕彰碑」(題字・中山生藤本科第16中隊長)と「権現山五九会桜樹園の由来」の標柱がある。此処を桜の名所とし依田翁の遺徳をしのぶために立てられた顕彰碑である。同期生・梶川和男君(本科16中隊5区隊・船舶)には特別の思いがある。雑誌「偕行」(平成29年7月号)に書く。『「遥拝所跡」碑を中心にして32個の四角い黒御影石が円形に端然と取り囲んでいる。予科の中隊は32中隊ある(注・実際は24ヶ中隊。第1中隊から第12中隊・第21中隊から第32中隊)。往時の光沢を保って底光りしているのは見事である』。真ん中に丸い黒光りの石がある。古代ローマ時代の史跡を思わせる"造形の美“である。

いつも権現山の碑前祭にきて思う。この場に相応しい軍歌は「霧淡晴の」である。

『霧淡晴の野に乱れ 花影に春をさし招く 春の女神は今日ここに 祭りの庭に訪れぬ あわれ美しき、この宴 いざともに歌わなん』

いつもみんなで歌うのは「校歌」である。

この設計は設計事務所を経営する梶川君である。梶川君はさらに続ける。「59期生として最後の汗を流した地であり、軍隊生活の最期を迎えた記憶、記念すべき懐かしいこの地は、永久に生き続ける心の聖地であろう」。全国大会(平成29年5月15日)でも梶川君は挨拶で「史跡」として残したいといった。「顕彰碑」の石を含めて梶川君と当時林野庁長官であった秋山智英君(本科15中隊1区隊・歩兵)は建立に大変な苦労をしている。碑前祭で折に触れてその話をよく聞かされた。

依田さんの顕彰碑の話は昭和61年5月24日東京で開かれた「還暦大会」で同期生の決議として決まった。秋山君が残したメモによれば、石材は予め長野営林局に調査してもらい、適材の候補地8ゖ所を梶川君と二人で見て回ったという。その結果、天竜川支流の塩見岳山麓の小河川で蛇紋岩系の適材を発見した。採石はそう簡単にできることではない。小石を拾って持ってくるのとはけわが違う。「森林法」「河川法」に定められた採石許可がいる。所在地の村長に依頼して長野県知事に許可を申請、その許可を受ける。さらに村が石材の払い下げの申請をして払い下げを受けた後、村から59会が譲渡を受ける形をとった。佐久市へ石材を運搬、加工して権現山に運んだ。

「御影石求めて千里汗流る」悠々

桜植樹の話に移る。その年の秋、植竹誉志雄君(本科16中隊3区隊・船舶)から秋山君に権現山を桜で包む話が持ち込まれた。早速、多摩森林科学園の石戸忠五郎さん相談、その協力を得てわが国でも珍しい品種11種類が選定された。

多摩森林科学園は八王子市甘里のJR高尾駅の近くにある。首都圏に住む同期生たちとしばしば「桜を見る会」を開いた。ここの広さは日比谷公園の約3・5倍の57ヘクタールもあり,標高は183メートルから287メートル。5月下旬までサクラを見ることができる。サクラの木は6000本,品種は200を数える。

権現山に植えられた桜の花の色は白、淡紅色、淡紅,淡黄、深紅と彩どりの一重桜(20本)、八重桜(30本)。開花の時期は早咲き,中咲き、遅咲きとわけ、4月一杯は花見ができるように配慮されたという。植栽は地元の市川栄治君(本科11中隊4区隊・機甲)と三浦章君(航空27中隊6区隊・航空通信)が協力、作業は浅間森林組合が担当した。桜は百本となり春となれば権現山(2400平方メートル)に咲き誇る。

桜の種類を開花別に列記すると4月上旬ーヤエベニシダレ・コシガンザクラ・ソメイヨシノ。4月中旬―シダレザクラ・カンザン・シロタエ・ウコン・オオヤマザクラ。4月下旬ーフゲンソウ・ナラヤエサクラ・スルガダイニオイ。

昭和62年3月下旬、植樹は無事に終わった(工事費25万円・同期生からの桜基金は83万5千円)。4月29日の「みどりの日」に佐分利重哉第15中隊1区隊長(53期)、岸実第16中隊1区隊長(54期)一同期生有志42名、地元から依田一夫さんはじめ7名の代表が参加して「桜樹園」の落成を祝った。

建てられた「桜樹園の由来」は次のように人々に語る。『権現山は、陸軍士官学校第五十九生の士魂を後世に残すべき丘として、皇居遥拝跡碑と依田英房翁の顕彰碑が建立されている思い出の丘であります。我々は、この丘を心のふるさとして末永く保存するため、平成元年四月二十九日の「みどりに日」を記念して桜樹園を設定することとし。依田家及び地元関係者のご好意によって、実現する運びとなりました。桜樹は多摩森林科学園長のご指導とご協力により、日本を代表する品種十一種類を選定して五十本を植栽し、すでに昭和47年に記念植樹した桜樹とあわせて 約百本となりました。この桜樹園が末永く引き継がれ優雅な姿が保存されますことを希うものであります。

平成元年四月二十九日(みどりの日)元陸軍士官学校第五十九期生』。

「桜咲くつわものどもが聖地なり」悠々