銀座一丁目新聞

花ある風景(636)

並木 徹

高尾義彦君の「無償の愛をつぶや Ⅱ」に思う

毎日新聞社社会部で一緒に仕事をした高尾義彦君がこれまでの人生を振り返り「無償の愛をつぶやく Ⅱ」を出版した(平成29年6月19日刊)。このほど社長、相談役を務めた日本新聞インキを退任したのでいままでに書いたエッセイーや俳句をまとめたものだという。高尾君は私がウエブ上に開設した「銀座俳句道場」の会員である。寺井谷子さんを選者にして平成12年4月に発足、10年間続けた俳句道場であった。第4回に彼が作った「無償の愛とビールの泡につぶやいて」が「天」賞になった。ここに高尾君の俳句を中心に感想を述べる。

▲「冥福を年の初めに逝きし人」(2017年1月24日)
元毎日新聞西部報道部長・三原浩良さんが20日死去。高尾君は三原君が長崎支局長時代現地で指導を受けたという。私は西部代表を6年しているので三原君をよく知っている。豪快な男であった。定年後出版の仕事をしていた。

▲「しなやかな言霊求め冬のデモ」(2017年2月1日)
連発される大統領令。大統領に反発する米国内の声は、民主主義が生きている証拠と信じたと綴る。民主主義は衆愚政治の一面を持つ。それを5・7・5で表現する短詩の鋭さが何とも言えない。

▲「洞窟に生命(いのち)感じて温かく」(2017年2月2日)
私は1月6日に「ラスコー展」を見に行った。「初春や灯りに浮かぶ黒い牛」(悠々)という句を作った。2万年前に壁画を書いたというから驚きである。

▲「神なびて上野の山に春の鹿」(同年2月16日)
上野公園・東京国立博物館で開かれた「春日大社千年の至宝」には私は1月31日友人2人で見に行った。友人荒木盛雄君が作った句。
「千年の春日曼荼羅春の展」「神鹿の降り立つ春日春立てり」
「騎獅像の文殊菩薩や風光る」「造替の獅子狛犬やうららけし」

▲「6年目津波のあの日春寒く」(同年3月10日)
「3月11日のあの日から日本は大きく変わったはずだけれど原発再稼働の動きはやまない」と書く。原発は徐々に減らすべきだと私は思う。東日本大震災では「自己完結型」で「常在戦場」を忘れなかった自衛隊の存在を高く評価する。

▲「能舞台柳は青く角田川」(同年3月12日)
知り合いの父娘が共演した「角田川」をよむ。同期生にも謡をたしなむものが少なくない。今年の5月15日の「全国大会」でも別所末一君、荒木盛雄君、不破喜久雄君らが高砂の「千秋楽」を飛び入りで披露した。「民を撫で 萬歳楽には命をのぶ相生の松風 颯々の聲ぞ楽しむ颯々の声ぞ楽しむ」。

▲「氷雨降る春は名のみの歌も出ず」(同年3月27日)
脳梗塞で倒れた山本祐司社会部長を思い出して読む。薄れた意識の中で「早春賦」を口ずさんだという(1986年11月20日)。「春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず」(作詞吉丸一昌・作曲中田章」。山本祐司君が毎日新聞を定年で去る時、「記者の目」で書いたのは「人間万歳」であった。山本君には名著「毎日新聞社会部」(河出文庫)がある。

▲「九十一歳春のゴルフで優勝と」(同年4月9日)
高尾君も社会部旧友ゴルフ会のメンバー。このゴルフ会には欠席した。まさか私の事を句にしたとは知らなかった。ゴルフ会は53回を数える。4月7日、場所は東雲の若州リンクス。参加者15名。昨今眩暈がひどく、出席をためらったのだが中村恭一君が車で迎えに来てくれるというので参加した。グロス109、ハンデ35、ネット74であった。グロスで90台は4人のみであった。優勝の賞品は商品券とワインであった。この日は同伴競技者に恵まれた。

▲「夏日とかあの夏の日がよみがえり」(同年4月17日)
「週刊現代」4月29日号「田中角栄が逮捕された、あの日」の記事に高尾君のコメントが掲載された。逮捕されたのは40年前の昭和51年7月27日である。高尾君は田中角栄逮捕の予告を微妙な表現で記事を書いた。見事なスクープであった。「新潟へ七二七の席の縁」(2014年6月4日)の句もある。新潟へ出張した際、上越新幹線の切符の番号が「7号車27A」であった。

▲「中坊さん偲ぶ京都は緑濃く」(2014年5月10日)
高尾君には中坊公平さんに関する著書もある。取材で知り合った人を大切にしているのは記者として大事なことだ。京都まで出かけている。中坊さん1周忌の句。

▲「九条が脅かされる慰霊の日」(同年6月23日)
私は九条を残して国軍を設けるべきと思っている。すでに自衛隊が存在する。「国を守る気概のない国」はいずれ滅びる。「戦争をやれ」というのではない。不戦の誓いをしつつ軍隊を持てというのである。平和主義者であるのに変わりはない。同盟国の軍隊が危機に陥っているのに“専守自衛"では国際協力・集団的安全保障は成り立たない。一国だけでは国を守ることは出来ない時代になっている。

▲「ワンタッチ紫陽花よそに散る花も」(同年6月24)
この句のコメントに句集「無償の愛」(2014年出版)に私が「温かいコメントを書いてくれた」と記してある(2014年6月20日号「花ある風景」)。「明日に生きる」私は覚えてない。当時選者の寺井谷子さんは高尾君を「粋でドラマある句が好きですね」と評したのを記憶している。見事、高尾君の一面を突いている。彼は俳句道場第4回で「天」賞をいただいたが第5回目はくしくも私が「ひままわりの先に1945年の恋」で「天」賞をいただいた。毎日出身者の連続の快挙であった。

▲「都市対抗ルーズベルトが蘇り」(同年7月23日)
「野球は8対7の試合が一番、面白い」とはルーズベルト大統領の言葉だそうだ。打撃戦だからであろう。それ以上の点数では試合がだらけてしまう。アメリカは野球発祥の国。大リーグはナショナル・リーグとアメリカン・リーグの二つがあり、26球団が所属している。この下にあるマイナーリーグハ3A,2A.1A,ル-キ-の4つのクラスに大別され、164の球団で優勝を争う。大リーガーの選手たちのプレーの迫力が違うわけである。野球はアメリカでは数多く小説の題材となっている。昔読んだ本ではドメニック・スタンスベリー著「9回裏の栄光」(訳・佐藤ひろみ・ハヤカワ文庫)が面白かった。

▲「築地あたり秋晴れもなくペンが泣く」(同年9月12日)
「慰安婦問題」で誤報事件を起こした朝日新聞が記者会見を開き謝罪したのが9月11日本誌はすでに9月10日号の「茶説」でこの問題を取り上げた。『朝日新聞の「慰安婦報道」は大誤報として週刊誌、月刊誌から批判された。もともと存在しなかった事実を「従軍慰安婦」という造語であたかも官憲が強制連行した如き報道をしてきたのは誤りであった。日本の国益を損なったのは過去に起きた「伊藤律架空会見記」(昭和25年9月27日朝日の記者が公職追放で地下に潜行中の日本共産党幹部伊藤律と宝塚山中で会見した捏造記事)の比ではない。この認識が朝日新聞の社長ら首脳陣にない。新聞は継続性を持つ。過去に起きた事件報道が誤りであるのがわかった時、責任をとるのは不幸なことだが現在の会社の首脳陣である。それが新聞社としてのけじめのつけかたである(略)』。
この本に収められた高尾君の俳句は720句。いずれも私の胸に強く響き一筆書きたくなる。延々と続きそうなので新聞批判をしたところで一旦打ち止めにしたい。