銀座一丁目新聞

追悼録(635)

演出家石塚克彦の凄さ

亡くなった演出家石塚克彦さんの本の出版が進められている。石塚さんがふるさときゃらばんの季刊誌「ミュージカルへのまわり道」が中心となるが、体裁はB5版変形320頁か、46版420頁ほどのものになるらしい。
出版の費用は320万円かかる予定である。いまのところ192万円の申し込みがあった(5月31日現在)。7月まであと128万円を集めようと「出版する会」が懸命の努力をしている。貧乏性の私は「大丈夫かな」とやきもきしている。この本に花を添えるためにと一文の寄稿を頼まれた。募金に拍車をかけるためあえてその一文を紹介したい。

夢に出てきた石塚さんに「お元気ですか」と挨拶すると「まあまあ…」と照れ臭そうであった。

「私のことを これまで通りの親しい名前で呼んでください 私に話しかけてください、いつもの通りの気楽な調子で。あなたは 声の調子を変えたり 無理して厳粛に振る舞ったり 悲嘆に暮れたりしないでください」(訳・宮島瑞穂)

こう詩につづったのはイギリスの神学者H・S・ホーランドである。
石塚克彦さんとは公演を見る時に会うだけであったのでその死がなかなか現実化しない(2015年10月27日死去)。今でも石塚さんはこの詩の通り気楽な調子で呼びかけてほしいと思っているだろう。そんな気さくな石塚さんであった。だが舞台稽古は人一倍厳しかったようである。役者さんたちは異口同音にそう言っている。その厳しさの原点は高校生の時に見た狂言師‣山本東次郎が演じた翁の面にある。翁の面は全く変わらないのにその面が見事に喜怒哀楽を表現する。而も濃淡まである。その理由を山本東次郎まで聞きに行ったというから栴檀は双葉より芳しいというほかない。後年になりその理由がわかる。狂言役者は人間の感情を理解し身体のあらゆる筋肉を自在に操る訓練が出来ている。だから翁の面が変わらなくても哀しさを、喜びを体全体で表現できるのだ。喜怒哀楽のツボが体全体にある。それを動かすことによって表情や雰囲気を醸し出すのである。徹底的に鍛え抜かれた身体の芸が要求される。テレビに出るタレント役者の下手さが納得いく。石塚さんがよく役者たちに「セリフをしゃべっているのではないよ」と怒鳴る所以でもある。
石塚作品はドキュメントである。テーマに基づいて制作部員が全国から取材してきた生の農村・都会の言葉をつなげ合わせたものである。そこに時代の流れがあり新しい芽の発見がある。だから次ぎ次ぎと名作、話題作が生まれたといえよう。1958年劇団発足以来農村の人たちや都会のサラリーマン・OLの心揺さぶるミュージカルを展開してきた『ふるさときゃらばん』が爆発したのが1991年の日米合作ミュージカル「レイバー・オブ・ラブ」(愛の労働)であった。映画の世界では日米合作はあるが演劇では初めてであり画期的な出来事であった。日米のコメ農家を取り上げ「認められることなく報酬もないのに仕事に情熱をかける」という意義を演劇で訴えた石塚の心意気は激賞に値する。TPPを拒否したトランプ米大統領に見せたいものである。「レイバー・オブ・ラブ」(LABOUR・OF・LOVE)は歌う。

「LABOUR OF LOVE
金のためじゃない
大地の不思議を知ったから
やむに已まれず身体がうずく
人間だから心が動く
愛は力さ 愛が力さ
LABOUR OF LOVE」

この歌をトランプさんに聞かせたいと強く思う。石塚さんもそう思うに違いない。

(柳 路夫)