銀座一丁目新聞

茶説

当たり前のことをするのが一番難しい

 牧念人 悠々

大相撲は4横綱が誕生して3月場所から戦国時代に入る。横綱稀勢の里は伝達式で「横綱の名に恥じぬよう精進します」と口上を述べた。シンプルであったと評判は良かった。実はこの「精進します」が簡単ではない。日常生活を振り返ってみるとよくわかる。誰もが使っている。「頑張ります」と同じ言葉である。例えば「早起き早寝は三文の徳」と言う。いいことだとわかっていてもこれがなかなか実行できない。「寒い」とか「昨夜遅くまで起きていたから」と逃げ口を使ってさぼってしまう。「道徳を説く人を見習うな実行する人を見習え」と言う。誰もが良い事を言う。言うだけである。「実行する」人に価値がある。当たり前のことが実はなかなか実行できない。

話題のトランプ米国大統領は宣誓式ではこう述べた。「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う」。

“I do solemnly swear (or affirm) that I will faithfully execute the Office of President of the United States, and will to the best of my Ability, preserve, protect and defend the Constitution of the United States. So help me God.”

これはアメリカ合衆国大統領がその職務を執行する前に宣誓(oath)または確約(affirmation)をする義務があるからだ(憲法第2条第1節8項)。「職務を忠実に遂行する」のは「米国の利益のみを追求する」することではない。自ずと大国米国の民主主義国家としての矜持がある。21世紀は国際協調の時代、自分の国さえよければよい というわけにはいかない。「神の国とその義」を求めるアメリカ憲法に明らかにもとる。

さて、話が変わる。中学生の時、朱子(朱 熹・南宗の儒学者)の「偶成」を教わった。

「少年易老學難成(少年老い易く学成り難し) 一寸光陰不可輕(一寸の光陰軽んずべかず) 未覺池塘春草夢(未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢) 階前梧葉已秋聲(階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声)」

人間はすぐに年を取るから若いときによく勉強をしろと言う教えである。あれから75年、年を取るばかりで未だ「学ならず」である。紅顔の少年は老いてしまった。それなりに勉強したつもりである。すべてが中途半端に終わる。それは徹底していないからである。いい加減であった。「実行しなかった」という証左である。与えられた仕事は真面目にやった。責任感は十分あった。寝食を忘れ家庭を顧みず働いた。新聞記者の仕事はそういうものである。それなりの成果を上げたと自負する。「横綱の名に恥じぬよう精進する」の口上は横綱としての責任を果たすということである。年5場所の大相撲で少なくとも1回は優勝しなくてはなるまい。勝負の世界は常に結果で判断される。心・技・体を常に最高の状態に保つのは容易でない。八角理事長(元横綱北勝海)は「死に物狂いで地位を守っていかないといけない」と覚悟を促した。人間は時には死んだつもりで仕事を懸命にやらねばならい。その覚悟があれば道は開ける。男が責任を果たすのはそういうことである。一国を束ねるトランプ大統領ならさらに重大なる責任を果たすことを要求される。