銀座一丁目新聞

花ある風景(611)

湘南 次郎

回想の武草会

そもそも、ゴルフぐらい興味のないものにつまらぬスポーツはないようだ。大の大人が、耳かきの大きなような棒を振り回し、小さなボールを打って広大な芝生の原っぱを追っかけ廻し、最後に小さな穴に入れて打数を競うぜいたくなスポーツとしてひんしゅくを買うのがおちである。それを承知で愛好家相手に書くことをお許し願いたい。

ころは昭和46年(1971)12月8日(大東亜戦争勃発記念日)、陸軍士官学校第59期生当時46才前後の同期生有志ゴルフ会「武草会」を埼玉県狭山ゴルフクラブでわずか10名ばかりで発足した。これは、いまは亡き同期のM(同コースHD6)が、われわれ初心者教育のため発案したものであった。武士の武、ゴルフ場の芝の草で「武草会」なのである。Mは懐古趣味で若干、思考停止のところがあり、シングルの力量を発揮し、とんでもないゴルフ会の会則を作成し、われわれに示した。なるべく英語を使わず日本語とした(末尾参照)会則の一端をご紹介しよう

会則

以下略


人づてに会員が増え最盛期には50名を越す事になった。よく働き、よく遊んだ時期であった。オレ、キサマと呼び合って、区隊長にどなられながら教わり練磨した。なかに早世したNHKの名アナウンサー八木治郎もいて忙しいのによく出て来た。彼は将軍の腕前、従軍看護婦は彼の夫人と小生の愚妻2人であった。また、演習として一回り18穴、または27穴の打数引く免点により査点を算定し階級を決め、本部として教育総監部を置いた。世話好きのY候補生が御徒町へ旧軍の装備品屋を見つけ階級章を買って来たので帽子に着用する。これは年配のキャディさんに人気があった。

珍談もあった。すでに2人とも他界してしまったが、酒は強いが腕は下手のY候補生は紛失球を拾おうと底なし沼にはまり、みなでなんとか引きずり出し、命拾いをした。衣服はドロドロ、区隊長は戦死!と宣言した。S見習士官は短距離場で次の組の者が打つのを待っている間「フォァー」の声に上を見たとたん落下してきた球が上くちびるを直撃、幸いにも同期生に医者が多く、医務室にあった錆びたケダモノ用のような針で縫合した。口を開いていたらどうなったか?

星霜30年、百回を過ぎ、多くの上級、下級ゴルフ場を巡り精進したが、平成15年(2003)ごろから往年の猛者もみな70才後半になり脱落者が増え、指揮をとっていた発案者のM将軍も元気がなくなり、遂にゆっくり各個有志でやるようになり、なんとなく自然消滅してしまった。50数人いた会員も本年卒寿を過ぎ、八木治郎をはじめ威勢のいい奴から逝ってしまった。残存15名が気息奄々と生きている。遅く逝くやつは、来世で先に逝ったやつらに威張られることだろう。老生も大きい耳かきとは縁が遠くなり、遠くなるのは耳音ばかり、本当の耳かきしか手にできぬがテレビのゴルフ中継で慰めながら、「わが人生に悔いはなし」


(用語の参考)
野外演習 ――プレー
非常呼集 ――急の呼び出し
遭遇戦  ――対抗戦
週番司令 ――優勝者(次期当番)
準最後尾 ――ブービー
区隊長  ――組の最上官
短距離場 ――ショートホール
演習   ――1または1.5ラウンド
草球   ――ゴルフ
従軍看護婦――女性プレヤー
紛失球  ――ロストボール
戦死   ――プレー止め
陸軍礼式令――旧軍の礼式の規則
命課布達 ――新ハンデキャップ決定、公表
教育総監部――本部で指導、企画、立案にあたる
査点   ――ネット
打数   ――グロス
免点   ――ハンデキャップ
初心者  ――ビギナー

(階級)数字はハンデキャップ
0     -元帥
1,2,3 -大将
4,5,6 -中将
7,8,9 -少将
10,11,12-大佐
13,14,15-中佐
16,17,18-少佐
19,20,21-大尉
22,23,24-中尉
25,26,27-少尉
28,29,30-見習士官
31,32,33―士官候補生
34,35,36-陸士予科・幼年校生徒