アベノミックス推進の方向を確認せよ
牧念人 悠々
フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは「イギリスのEU離脱はグローバリゼーション終焉の始まりだ」と注目すべき発言をしている(月刊「文芸春秋」9月号)。彼は1年前の5月に出版した著書『ドイツの中で帝国が世界を破滅させる』(文春新書)で英国のEU離脱を予告している。グローバリゼーションは、米国レーガン政権(1981-1989)に1年先駆けてサッチャー政権(1979-1990)が導入した市場原理主義だ。導入からすでに40年近くになっている。その行き着いた先が「経済的格差」であり「難民問題」だという。トッドはイギリスの庶民・労働者階級は旧来的なナショナルな方向にバランスを取ったとみる。アメリカの大統領選で共和党の候補者にトランプが選ばれ、民主党候補クルーズが善戦した理由でもある。次期アメリカ大統領は「反格差」、トランプ的な孤立主義を取り入れると推測し、日本にもグローバリゼーションに対する疲れが出てきていると指摘する。
もう一人EU離脱を予言、日本のアベノミックスに注文を付ける人物がいる。アメリカ・大リーグの元ホームラン王、ホセ・カンセコ(52)だ。毎日新聞の福本容子論説委員がコラム「発信箱」(9月2日)で紹介している。 『ツイッター上で、日銀や黒田東彦総裁の批判を繰り返し発信。 カンセコさんへの注目が特に高まったのは、イギリスの国民投票後だ。大方の予測が「欧州連合(EU)離脱はナシ」だった中、投票日2日前のツイッターで、「EU離脱」とそれを受けたポンド急落を“予言”していた』。それだけでなく、黒田日銀総裁まで注文を付ける。 「日銀さんよ、インフレ率2%を達成したけりゃ、4%に利上げしろ」。これは卓見かもしれない。昔は5%の利率であった。老齢者は預金の利子を楽しみにしたものだ。1000万円の預金があれば年間の利子は50万円にもなった。
ところで安倍政権はトッドの意見が耳に入ったのであろうか。安倍政権は2014年10月から国民年金や厚生年金の積立金140兆円のGRIF運用を見直し株式による運用の比率を倍増させ、総資産の半分を株式市場で運用しているが多額の赤字運営を招いている。また、証券業界が投資教育の裾野を広げようと初心者向け講座の拡充、大学の出張授業の増加、個人の利便性を上げるため夜間の株の信用取引を解禁できるよう規制緩和を金融庁は検討しているという(8月26日日経夕刊・朝刊)。まさにカジノ資本主義である。日本でも「貧富格差」がひどくなっている。要保護世帯は過去最高である。163万世帯を数える(2015年12月)。前月に比べると1900世帯の増加である。さらにひどくなるであろう。今、国の借金は1049兆円に達する(2015年度末)。どうするつもりか。ドットはこれらを「疲れが出ている」と表現したのであろう
何れは破産する時が来る。事例はある。昭和17年から同年19年の日本の国の借金は1500億円。GDPは560億円で、GDPの2.6倍であった。現在GDPは500兆円だから借金はGDPの2倍だ。終戦時の8月、日銀券発行高は302億円、4ヶ月後の12月には545億円に跳ね上がった。このハイパーインフレに政府は昭和21年2月に「預貯金封鎖の金融措置令」を公布、新円切り替えを行って切り抜けた。国民の貯蓄高1400兆円。これをあてにしているのか・・・・。カンセコが提案した4%ならずとも1%の金利にすれば14兆円の利息が付く。それで買い物すれば消費景気は良くなり、GDPは2.8%の成長出来る。2020年までに600兆円の経済成長を目指すなら金利を上げるべき時に来ているのではないか。
トッドはEU離脱の大衆の抵抗を「エリートの無責任さ」を問題解決のキワードに挙げている。エリートたちが自分の利益のみを追及しているというのだ。日本で言えば既得権者が自分たちの利益を守るために他をかたくなに排除している構図である。岩盤が固いのである。さらに法令を無視して利益を上げている傾向をもさす。規制緩和,既得権という岩盤粉砕のアベノミックス第3の矢が進まない理由である。そろそろ市場原理主義の枠から離脱した方がよさそうである。そのことを英国のEU離脱は教えている。