銀座一丁目新聞

茶説

原則「常に最悪の事態に対処する」を忘れたツケ

 牧念人 悠々

相模原市の障害者施設で19人が殺害、26人が重軽傷を負った事件は被害の大きさ、残虐さ、弱者への差別が強調されて大事な視点が忘れ去られている。この事件は容疑者が予告していた事件である。しかも夜に襲うことなども知らせていた。それなのに防げなかったのだ。端的に言えば、それぞれの組織の長に「常に最悪の事態を考えて対処する」心構えがなかったからである。危機管理能力なしと言っても過言ではない。

事件が起きたのは7月26日午前2時過ぎ(職員からの110番通報は2時45分)。容疑者の男が事件を予告した手紙を東京都千代田区永田町の大島理森衆議院議長公邸を訪れ渡したのは今年の2月15日である。実に事件の5ヶ月11日前である。手紙を郵送すればいいものを、一度手渡すのを断られ二度目に渡している。この行動自体異常である。その手紙の内容は「私は障害者総勢470名を抹殺することができます」として標的として事件を起こした施設など2ヶ所をあげている。「職員の少ない夜勤に決行します。職員は結束バンドで身動き、外部との連絡を取れなくします。抹殺後は自首します」とあった。皮肉なことに事件はほぼこの通りに実行された。“決行趣意書”である。その意味では容疑者は確信犯かもしれない。これがすべて見過ごされだれも責任を取らないだろう。

衆議院議長へ手紙を渡した3日後の2月18日容疑者が「重複障害者は生きていても意味がないので安楽死にすればよい」ととんでもないことを施設に話をする(事実、容疑者は重複障害者を狙い、15人殺害)。施設では神奈川県警と相談。19日県警が容疑者と面談すると「大量殺害は日本国の指示があればいつでも実行する」と言うので精神異常者と見て相模原市に知らせる。

精神保健福祉法第22条には「精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」第23条には「警察官は、職務を執行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに、その旨を、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない」とある。関係機関は法律に即して事を進める。

相模原市では2月19日国の指定医の意見を聞いて緊急措置入院を決め、2月22日二人の指定医が「大麻精神病」「妄想性障害」などの診断で容疑者の男は入院した。ところが3月2日医師が「他人に危害を加える恐れが亡くなった」と診断したため男は退院した。結果的に見ればこの診断は明らかに誤りであった。さらにここで医師や市がミスしたのは男の尿検査で大麻陽性反応が出たにもかかわらず警察に知らせなかったことだ。警察への通報義務がなくとも大麻の入手先などを調べる必要があったと思う。

それよりも問題なのは地元警察と障害者施設の対応である。容疑者の警戒を怠たったのは解せない。男が退院してから4ヶ月24日の間、警察は何をしていたのか。退院後の男の言動に注意を払ったのか。友人たちの話によれば相変わらず重複障害者の安楽死の事をしゃべっていたという。施設のパトロール警戒を何故実施しなかったのか。職務怠慢のそしりは免れない。障害者施設にしても当日の夜の体制は職員8名、警備員1名。新たに防犯カメラ16個を設置しただけという。侵入してくる男を捕まえるのは防犯カメラでなく警備員である。何故増員しなかったのか頭をかしげざるを得ない。要は「最悪の事態を考えなかった」からである。

別の見方をすれば、今の日本ではテログループは銃を乱射しなくてもナイフ・庖丁で十分でその目的を達することができるということを天下に示した事例だとも言える。

さらに言えば、根っこにあるのは日本が71年間平和であったということである。国を守ってきたのは「憲法9条」だと思い込んできたからである。常に最悪の事態を考えて自衛隊が厳しい訓練をして万一に備え、日米同盟を強固なものにしてきたことをすっぽりと忘れているからである。最悪の事態を考えなくなっている。そんなことはしないだろう、そんなことは起こらないだろうと安易に考えている。危機管理をあまりにもおろそかにしすぎる。今回の事件はそれらの警鐘であるといえる。