銀座一丁目新聞

茶説

ロッキード事件40年を迎えて感あり

 牧念人 悠々

7月27日は40年前、田中角栄元首相(首相在任・昭和47年7月から49年12月)が逮捕された日である。事件を取材した者にとって40年の年月は感慨ひとしおである。「元首相逮捕」と言う昭和に起きたエッポクは年ごとにその意義がかみしめられている。このところ、金権政治の害毒を流したにもかかわらず“田中ブーム”現象が起きている。石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)、『田中角栄金言集』『田中角栄100の言葉』(宝島社)などがベストセラーを記録する。確かに人の心を掴まえるのがたくみだし、人使いも上手だ。何よりもお金儲けがうまかった。「今太閤」と言われるだけあって人間的魅力は十二分にある。時々に吐く言葉に聞くべきものが少なくない。政治家が小粒になってきた現代”田中ブーム”が起きてもおかしくはないとは思う。ここで踏まえておかなくてはいけないのは宰相が犯罪人になったという事実である。日本の戦後民主主義政治の不祥事であった。権力者とて罪を犯せば捕まるのは民主主義社会の鉄則である。当時、欧米諸国は日本の民主義が極めて健全に機能し国民大衆の義憤に検察がよく答えたと評価。韓国も自国と対比して民主主義の尊さを訴えた。

田中の容疑は「昭和48年8月から49年2月の間に前後4回にわたり都内で丸紅前会長からロッキード社のためにする支払として現金5億円を受けった」外為法違反27条違反であった。これは全日空のトライスター導入をめぐる贈収賄事件の別件逮捕であった。すでに贈賄側の二人は逮捕されていた。裁判では1審、2審とも懲役4年、追徴金5億円の判決であった。最高裁上告後死亡により控訴棄却となった。贈賄側の有罪が最高裁で確定した。この確定により田中の控訴棄却とは罪が消えたということではなく田中角栄の犯罪を認めたと言うことだ。司法は一応の判断をした。

田中名言集の一つ「人間は出来損ないだ。みんな失敗する。その出来損ないの人間をそのままを愛せるかどうかなんだ」。田中は自分にでなく他人にこの言葉を吐いたのであろうがそのまま自分に跳ねかえる。田中角栄は失敗した。国民はその田中の言葉通り銅像まで作り、本まで出版した。「罪を憎んで人を憎まず」と言う言葉もある。日本人の根底には「和」の精神があると思わざるを得ない。

自民党が公式の場で「金権体質」と言う言葉を使ったのは大橋武夫議員が初めてだという。田中逮捕後の7月28日衆院ロッキード問題調査特別委員会で大橋議員は「最大の派閥を作り、引退後もその勢力を誇っていた。このように我が党で魚が水を得たように成長を遂げたことは我が党全体に金権体質について十分な反省が必要である」と発言している(毎日新聞社編「日本を震撼させた200日」・毎日新聞刊)。田中には「金権」の言葉がまとわりつく。その2年前の第10回参議院選挙で企業から集めた数百億円のお金を使いヘリで全国を応援演説して回った。タレント候補と企業を組み合わせて立候補させて多額のカネをばらまいて選挙を戦った。世にいう「金権選挙」であった。戦前から政治に腐敗はつきものである。戦後日本政治が腐敗を始めたのは昭和30年代からである。毎日新聞社会部で連載企画もの「官僚にっぽん」(昭和31年9月28日から10月31日)を取材した際、高級官僚が異口同音に言っていたのは「我々も悪いかもしれないが政治家の方がもっと悪い」と言う事であった。確かに当時、政治家の不祥事が後を絶たない。ある運輸相は選挙区に急行を止めた「職権乱用」によって就任72日で解任された(在任昭和41年8月1日から10月14日)。軍楽隊を引き連れてお国入りした防衛庁長官もでた(在任昭和41年8月1日から12月1日)。ある農相は企業からの政治献金問題(在任前掲防衛庁長官と同じ)を追及された。政界の爆弾男も国有地払い下げをめぐる詐欺・恐喝で逮捕された(昭和41年8月5日)。毎日新聞は「この黒い霧を払へ」のキャンペーンを展開したが不祥事を起こして代議士連中はその後の総選挙で悠々当選して永田町に戻ってきた。それから10年、不祥事事件の頂点として田中元首相の逮捕と言う事態となる。

田中逮捕のニュースをテレビで見ながら「ハマコー」で知られる浜田幸一代議士(故人)はかたわらの渡部恒三代議士(84歳・厚生・自治・通産各大臣歴任)こんな会話を交わす。「じゃあ、ハマちゃん、俺たちがもらったお金も、ロッキードからの金だったのか」「当たり前じゃないか」「じゃあ、オレたちも同罪なのか」「そうだよ。金にロッキードと名前が書いてあるわけじゃない。親がくれるというのをもらって、使っちまったものはしょうがないが、あとで気が付く寝小便かな」(注浜田幸一著「日本をダメにした人の政治家」からの引用)。

田中角栄は政治家だけでなく役人にも盆暮れに現金を贈った(もちろん拒否した役人もいる)。浜田・渡部ならずとも同罪は新聞記者にもいる。金権政治を蔓延した罪は大きい。”田中ブーム”の中にともすれば安きに就く人間の弱さを感じる。お金は使い方によって世の中をダメにする。民主主義を崩壊へと導きかねない。単なる危惧であればそれに越したことはない。