花ある風景(602)
並木 徹
お芝居「坂のない町」を見る
友人小西良太郎君が劇団東宝現代劇75人の会・第30回公演「坂のない町」に出演するので東京・江東区・深川江戸資料館小劇場に出かけた(7月7日)。脚本・横沢祐一のストーリーが面白く、退屈しなかった。観客席からもしばしば笑いが起きる。小西君は紙屋の芦野庄介、民生委員の役で出ていた。全員がまことに芸達者であった。
「夏芝居無人なれどひたむきに」と三田純一さんが詠む。三田純一は落語作家、俳号は道頓という(1994年死去、享年70歳)。この日、無人どころか客席は8割方埋まっていた。初めに顔を出したのは三遊亭円朝(横沢祐一)。幽霊の話をする。初代円朝には『累ヶ淵後日怪談』『怪談牡丹燈篭』『菊模様皿山奇談』などの作品がある。お芝居の時代が昭和30年代。円朝の息子や孫の話が軸となって展開するから舞台に出てきたので2代目円朝(円朝の高弟初代円右が襲名)でろう。話の間が上手いのはさすがである。
場所は深川釣舟橋付近のアパート「レジデ深水」。ここを舞台に細やかな人情話が展開する。住人は女性に限り、部屋は男性の入室禁止。管理人は武田千代(村田美佐子)。内縁の夫の武田鈴太郎(丸山博一)が次ぎ次につれてくる女性に悩まされる。この男どこか憎めない。住人のおしげさん(鈴木しげ)は関東大震災で7歳の息子を失い、夫にも先立たれる。通じていない赤電話で息子と食事をする約束をしたり時々顔を出す不動屋さん渡辺(巌弘志)を夫と間違えて小遣いをせびったりする。渋々お金を出す渡辺も人がいい。おしげさんを民生委員の芦野が何くれと面倒を見る。男と一緒に淡路島に行った一人娘がもどって来るのをひたすら待つ紺谷里子(古川けい)。そこへ現れるのが円朝の孫・八十島次郎(大石剛)を探す吉沢岬(菅野園子)。秘書の折崎仲二郎(柳谷慶壽)を常に伴う。千代には秘密があった。千代が円朝の息子朝太郎と結ばれ子供を産むが生活が苦しく妹夫婦に託す。その子が八十島次郎。円朝の息子・朝太郎は関東大地震で死んでしまう。紆余曲折…千代はアパートの管理人に収まっている次第。その老後を心配して妹の八十島佳代(下山田ひろの)や八十島次郎、それに妻の八十島紀子(仲手川由美)がアパートに現れ、熱心に同居を進める。一方、吉沢は三遊亭小円生(内山恵司)を連れてきて「私たちと一緒に暮らそう」と誘う。小円生は次郎を見てあまりにも朝太郎と似ているので「朝太郎…」と懐かしそうに抱きつく。千代は唯ははらはらしながら見守る。万事を飲み込んだ次郎が千代に「どちらでも好きな方を選んだらよいのですよ」とやさしくいう。老後を心配してくれる人がいるのは幸せなことだ。お芝居は結論を出さなかった。“遠くて近きは男女の仲”。最後は秘書の折崎と里子が手をとりあうシーンで幕となる。芝居の合間で響く物売りの声や隅田川のポンポン蒸気船の音が懐かしく聞こえた。
「夏芝居ユーモア溢れハピーエンド」悠々